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2010-09-22

宝塚時代の天海祐希武勇伝

知人に天海祐希のファンがいたのだが、驚いたことに彼は宝塚時代のエピソードはほとんど知らなかった。

天海は、宝塚ではかなりの伝説を作り上げてしまった人なので、これを知らないファンがいるのはもったいないなぁ、と思った。

なので、ざっくり彼女のジェンヌ時代の伝説を書いてみようと思う。

入団1年目で新人公演主役、7年目でトップスター

これは男役としては異例の速さだ。

新人公演というのは、本公演と同じ内容の演目を、入団1年目から7年目までの新人達だけで演じる公演のこと。

トップ路線に進む男役の子は普通、この新人公演で良い役をもらいながら、7年目までに一度は(新人公演で)主役をやる。

その後本公演でも、徐々に良い役をもらうようになってゆき、所属する組の三番手、二番手を経て、トップになる。

(ただしこれは天海在団当時のルールで、新専科が出来た今は、多少異なる)

とは言え、いくらなんでも1年目で新人公演主演は早すぎだ。

さらに新人公演が7年目まで出演可能なことを見ても分かるように、入団7年目では普通まだ新人から卒業する程度の段階。

この段階でトップになった者は、現在スターシステムが出来たあとの男役では、他に存在しない。普通は十数年かかる。

娘役場合は、いきなりトップをもらうことがあるので、この限りではないが)

ちなみに彼女がトップをやっていた時の二番手であった久世星佳、三番手真琴つばさは、天海の上級生である。

トップに昇るのも早ければ、辞めるのも早い

これは、他にも早い人はいるので、異例とは言えないのだが、トップ就任2年そこそこで辞めてしまうのは、やはり早い方だ。普通は5年くらいはやる。

トップになるのも早ければ、辞めるのも早かった、まさに彗星のように表れ、去っていったトップスターさんなのである。

サヨナラ公演のフィナーレで羽根を背負わない

宝塚を余り知らない人でも、でっかい羽根を背負って、大階段から降りてくるタカラジェンヌの姿は、ご存じの方が多いだろう。

あれは公演の最後のフィナーレでの姿なのだが、あそこではトップに近い人ほど大きな羽根を背負うのが通例。

ところが、トップになった天海は普段の公演から、かなり小さい羽根ばかりを背負っていた(当然周りはもっと小さい羽根になる)

どうも彼女が、仰々しい羽根を背負うのは嫌だと、劇団側に通させてしまったらしい。

基本的に劇団とジェンヌさんの力関係は 劇団>>>>|越えられない壁|>>>>ジェンヌさん ってくらいのものなので、例えトップでも普通はこんな要望は通らない。

のだが、彼女は通してしまった。天海だから許されたのだ、と言われている。

圧巻は退団前の最後の公演で、完全に羽根をなくしてしまったということだ。こんな公演、羽根が通例となった以降には、そうそうない。

サヨナラ公演のフィナーレで仲間達ばかり見る

ジェンヌさん達の行動基準は普通劇団の通例>ファン>仲間達との絆>その他」みたいな感じなのだが、天海の場合は「仲間達>ファン>通例>その他」みたいな順番だった。

分かりやすいのが公演のフィナーレで、幕が下りるまでの間、普通は客席に向かって手を振るのだが、天海はどちらかというと、一緒に練習してきた仲間達をよく見る傾向にあった。

お茶会でファンにお説教

お茶会というのは、ファンの融資でジェンヌさんを呼んで開かれる、アンオフィシャルな会。

普通はまぁ、ジェンヌさんはお人形さんじゃないが、ファンのみんなに囲まれて、色々お喋りの中でいじられる感じなのだが、天海はガチのトークに入ることが多かったらしい。

退団時にファンクラブの子全員に、ワイングラス贈呈

退団時もファンクラブからの融資で色々やる。普通は良い車を借りて、スターさんを乗せてパレードしたりするのに多くの金を使うのだが、天海はファンクラブの人全員にワイングラスを贈ったようだ。

実は女社会の常というか、ファンクラブでも(ファンが自主的に作った)序列みたいなものがあり、幹部さんと、ファンクラブ入り立ての人では、受けられるサービスの度合いが違ってくるのが普通なのだが、天海は全員に全く同じワイングラスを贈ったらしい。

と、まぁ

色んな意味で、序列社会の習慣を無視しまくった、またそれを可能にする実力があった人だったのでした。

歌って踊れて芝居できて、何より華があるという、本当にパーフェクトなジェンヌさんでしたからね。

 
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