勿論「対比」ではないのはそのとおりだけど、要するに「男を助けた場合だってリスクがあるじゃん」って話
それは女を助けた時にも全く同じリスクがあるんだから持ち出してくるとこに何の意味もなくない?
よくわからんけど、男女どちらを助けたとしても何らかの理由で「訴えられる」リスクは有るのに 女性にだけあると思っていると取られかねない言い方をするのはちょっと違うんじゃな...
だから通常の救命処置の失敗(もっと言うとわざと失敗しても)で訴えられるなんて事はあり得ないし、仮に訴えられたとしても刑事でも民事でも責任問われないから安心でしょ? 逆に...
それはわかるけど、なぜ女性相手にセクハラで訴えられることについては「ゼロではない」でどうたらというのに それ以外の理由で訴えられるリスクについてはまずありえないで納得す...
この言い方はなんか性犯罪を軽視してる人の言い草でそれはそれで女性差別的では・・・
肋骨折るために心臓マッサージしたって邪推されても周囲から虚言扱いしてもらえる可能性が高いけど、おっぱいに触るためにAEDしたって邪推されると社会的に死ぬ可能性が高いからだ...
いや、可能性の高低があるのはわかるけど、それを理由にするなら「ゼロではないからダメだ!」みたいなこと言わなくていいじゃん。 可能性が低くないからダメだ!じゃだめなのだろ...
日曜日にクリームソーダを売ったかどで訴訟されるリスクだって0じゃないけどそんなの警戒して生活してる人なんていなくない? 通常の救命処置で訴えられる可能性はそれと同程度に0...
問題は訴えられるリスクの有無ではなくて、訴えられるリスクを背負ってまでやりたいと思えるかどうかってことなんじゃないかなあ 生活のための商売なら「ゼロではない」リスクがあ...
だからそもそもそのメリットが無いのに助けるという人の善意に頼り過ぎな構造をどうにかしてほしいと何度も主張してるのであって
問題の解決のために、ガチガチに設備や法を整えるのではなく、啓発活動で対応するというのはよくあることだぞ たとえば、自転車盗難のような軽犯罪を徹底して取り締まるのはコスト...
結局なぜ「0」なのかよくわからん。十分に低い程度の話でいいじゃん。 0と言ってしまうからこれもあれも0ではないのではって突っ込まれるのであって。 可能性が高い低いの話なら...
実際触るのが目的でやる男が居て、結果助かって本人は感謝してるという場合どうするのかが純粋に気になる
俺の彼女はおっぱい触ってあげたら普通に喜ぶけどなんか問題あるんやろか……?
つまり「女の場合は」って単語を適当に使うのが一番悪い