小学校時代、実を言うとちょっと手癖が悪かった。
といっても他人様のものには手を付けないというルールだけは守っていたので、要するに万引きとかはせず、親や兄弟のものを拝借していたということだ。
別に何かが欲しいと思っていたわけではなくて、なんというか盗めそうなものや状況を見抜くのが得意だったのだ。
例えばの話、誰も見ていないところに欲しいものがあったとして、それを盗むことは安全だろうか。
わたしが知っている盗みが下手な人間は、そういう時に盗んでしまう人間だ。
なぜなら、誰も居ない時にものがなくなれば誰かが盗んだからに決まっているからだ。
そうなってしまえば犯人探しが始まってしまう。つまりそれは下手な盗み方と言っていいだろう。
そうではなく、上手に盗むということは盗まれたかもしれない可能性をできるだけ残さないということだ。
それが盗まれたのではなく、無くなってしまったものなのであれば犯人はいらないからだ。
別に常日頃から何かを盗みたいと思っていたわけではない。
いつからかはわからないが、当時のわたしは何故かそういう瞬間が訪れることを敏感に察知することができたのだ。
特に、「まさかこの子が盗むわけがないだろう」という条件が揃った時は、わたしはためらいなくそれを盗んだ。
それで困る家族をみたかったわけでもないし、盗んだもので何かを楽しんだわけでもない。大半は人知れずどこかで処分していた。
わたしはただ、その時の自分の直感が正しいかを確かめたかったのだ。
そして、それが正しいという確信を日に日に積み重ねることができた。
そんなある日、よく通っていたおもちゃ屋に万引き厳禁の張り紙が貼られるようになった。
以前から死角の多さと退路の確保が容易なことが目について仕方なかった店だ。
店主と仲が良かったこともあり、ある日商品をもっと手に取りやすいように一つだけ棚を動かしてみてはどうかという提案をしてみた。
もちろんそれは本音ではない。視野と動線を変えたかったのだ。
それから数日もすると、いつも100円程度の買い物だけをして帰る少年グループがピタリと来なくなった。
しばらくしてから聞いてみたところ同時期に万引きもやんでいたそうだ。
毎日のように買い物をしていれば怪しまれないとでも思ったか、おそらくは会計役が壁役になっている間に万引きをしていたのだろう。彼らの考えそうなことだ。
ただ、少し街にでるだけでそんなお店には山ほど出くわすことができる。
国民性もあるのだろうが、そんな状態でいながら盗んだ相手を恨むのは筋違いもいいところだと思っている。
そんなある日、いつものように皆がいる空間に死角が生じるのを察知すると、兄が肌身離さず持ち歩いていたロボットの人形を盗んだ。
兄はそのまま遊びに出てしまったのだが、帰って来た時には今まで見たことのないほどに声を上げて泣いていた。
人形をどこかで落としてしまったと思っているらしく、兄は自分を責め続けていた。
その日を境に、わたしは盗むことを止めた。
兄の一番大切なおもちゃを盗むことができたことで十分に自分の能力を確信できたし、兄のそんな姿を見させられるのは正直気分が悪いだけだったからだ。
そんなわたしは、社内のセキュリティ担当を任されている。
セキュリティといっても、物理的な防犯も含めた全般業務だ。
大手セキュリティ会社との窓口になって、カメラの位置だとか電子キーの運用基準、金銭の管理方法なんかを任されている。
過不足なく完成度が高いともっぱらの評判なのだが、そうはいってもわたしが用意している確認事項の幾つかは、おそらく大半の人間は理由を理解できていないだろう。
前任はよく悪い人間を捕まえることで評価されていたが、わたしにしてみればそもそも事故が起こっている時点で担当としては無能だ。
中には手順が多すぎるだとか、事故が起きないのだから存在が無意味だとか言ってくる人間もいるが、そんな人間にはいくら説明しても理解されることはないだろう。
ただ、それもそろそろ引き継ぎが必要な時期が来てしまった。新しく立ち上げる支社への異動が決まったからだ。
出来る限りパッケージ化して残していくつもりだが、新しく生じる空間の死角に対しては当然対策を用意しておくことはできない。
そこで、そういえばこういう感覚を持っている人がどれほどいるのかが気になったのだ。
まぁ、わたしのように守る側に回っている人間は少数だとは思うが、是非お聞かせ願いたい。
アホかここはアンケート調査サイトじゃねえんだから マクロミルにでも頼めよ