やる気が出ないので、どうやったらやる気が出るかを考えている。
まぁ、僕自身のおきまりの逃避方法なんだけどね。
思うに、作業興奮を生じさせるためには、「何をやったらいいかわかってて、もう少しでできそうな感じ」
の状態を作ってやることがいいんじゃないかと。
ジグソーパズルと一緒だ。最後のあと数ピースを残して「飽きた」って言う人ってあんまいないと思うんだ。
枠がしっかり決まっていることで引き出せる快感があるのだ。
RPGもそうだ。ゴールが明確にわかっているから楽しいのだ。レベル上げも楽しいのだ。
つまらないなーって思うって事は、ゴールがぼやけちゃってるのかもしれない。
ゴールに依然感じていた快感を、感じられなくなってきているのかもしれない。
ゴールに、より快感を感じられるような、なんらかの工夫が必要だ。
その作業はなんのためにやってるのか。それが満たされるとどんなことが起こるのか。
ゴール自体が快感であればあるほど、その過程の作業に集中することができる。
一昔前は、エロ動画をダウンロードするために色々な知識が必要だった。
まずダウンロードしたファイルを解凍するソフトが必要だったり、
やっとそろえたと思ったらコーデックが足りなかったり。
そもそも、動画をダウンロードできるサイトをみつけるのも大変で、
でも、そういうくそめんどくさい作業を乗り越えて動画を再生してきたのだよ我々は。
これはまぁ、極端な例というか。
目的が持つ快楽、それに対する期待だけで作業をやりきれる希有な例というか。
こういう作業って、別に作業それ自体を楽しんでいるわけではない。
目的があまりにも魅力的すぎて欲求に直接的過ぎる。
それでも、まるで解決策がわからないばあい、いくら魅力的な動画だったとしても、
なんとなく、解決できそう、ゴールまで行けそう、っていう感覚が必要なのだ。
そういう直感的に「できそう」っていう感覚が無いと、行動が誘発されないのだ。
何かを作ろうというモチベーションも同じだと思う。
プログラミング。普通の人は、こういうアプリが欲しいなーというアイディアが浮かんでも、
それを作るためのプログラミングの知識がないから、まず、それを自分で作ろうという発想にはならない。
多分、「あ、これくらいなら自分で作れそう」って思えたなら、そういうアプリを作る過程は、
それはそれは楽しい過程になるはずなのだ。
だから、まずは「自分にもできそうだ」っていう確信を得るために、どうするかってことになってくるんだよね。
自分にもできそう、っていう確信が得られるくらい、自分の「道具」を増やしていく、っていうか。
そのための勉強が必要なわけだけど、つまりはこの「勉強」をするときに、
枠を作ってやればいいんじゃないの、ってことになってくる。
最終的な到達地点は、商品になるくらいのアプリケーションを作ることだとしよう。
まぁ、絵を描いて食っていくとか、そういうのでもいいや。
その到達地点をゴールに据えたところで、自分としては何もやる気にならない。
あまりに大きすぎるジグソーパズルを買ってしまってげんなり、みたいな。
わくわくするとかそういう肉体的な快感を引き出すためには、もっともっと、
自分自身にリアルで無くてはいけない。性欲ほどで無いにしても、
もっと今の自分の欲求に近づけてやらないといけないのだ。
例えば「とりあえず何か将来的に役に立ちそうな知識を身につけるべく勉強をしたい」
っていう、不安に背中を押されているような欲求があるとしよう。
だったらそれをまずは利用する。とりあえず勉強したいという欲望を。
でもそれだけじゃ足りないのだ。もっと直接的に、自分の欲求に結びつける何かが必要だ。
生産、そう。生産だ。アウトプットが必要だ。排泄が必要なのだ。
自分のやっていることに、プロセスに快感を感じるためには、どうしたってその途中途中に
排泄行為が必要になってくるのだ。中途半端でもいい。今の自分でもアウトプットできる何かを、
カスでもいいから排出してやる。その排出されたものを見る。臭いをかぐ。
ほら、自分の髪をかいたりしたあとに臭いをかぎたくなるじゃない。
自分の体臭をかぎたくなるじゃない。あれとちょっとにてると思う。
自分が排出したものを、自分で確認する。そのプロセスって実は快感なのだ。
見られた上に「気持ち悪…」とかそういうフィードバックがもらえるとしらもう最高だ。
もう、何かを勉強するならはじめっからアウトプットをこまめに実践するといいってことだ。
ほんの少ししか勉強してなくて何も生み出せないと思うかもしれないけど、
たしかに誰かに見せるようなものは絶対に生み出せないと思うけど、
それでもカスくらいはひねり出せる。
そういうアウトプットをこまめに捻出していく、っていうのが、
つーことはだよ。この発想を、日々のToDoみたいなのを考えるときに役立てていこうとすると、こうなる。
みたいな作業の決め方はやる気が起きない。インプットしかしてないから。
「○○を勉強することにより△△ができるようになるはずだから、今日は□□を作る」
みたいに、最終的にアウトプットの形でフィニッシュさせるといいんじゃないかと。
日記にはこう記す。
「今日はこれができるようになった。」
何々をした、とか、何々をする、とかでは足りないのだ。
自分が今日、それを実践したことによって何ができるようになったのかを
ほんのちょっと考えてやるといいんじゃないかな。