平和主義者は言う。
「暴力では何も解決しない。」「右の頬を差し出せ。」
独裁者に従っていれば、やがて彼やその一族が公共心に芽生え、国民の意見を尊重する指導者となるのだろうか?
自分を犠牲にして、数世代とかかる時を耐え忍べば。
平和主義者は言う。
「暴力では何も解決しない。」「右の頬を差し出せ。」
独裁者に従っていれば、やがて彼やその一族が公共心に芽生え、社員の意見を尊重する指導者となるのだろうか?
自分を犠牲にして、自分の世代を耐え忍べば。
国民の労働力、生産力にばかり目を向け、独裁者に取って有益でないものは認めないどころか切り捨てる。独裁者の過ちは国民が拭うが、国民の失敗を独裁者は拭わない。多様は害悪だ。独裁者は自分の権力を守りたがる。
そんな彼等がいずれ、初めは気まぐれに、やがては自発的に国民の責任を担って指導者たる人物になっていくというのだろうか?外部から何のきっかけもなしに?
従うことがいずれ平和をもたらすという考えは、従うことで良い結果が得られた者にしか生まれない考えである。
従属は組織活動において大きな力を産み出すが、あくまで組織活動に掛かる力であり、人格を従属にすることは本能的に正しいことではない。もし正しいならば独裁者も何らかに従属しなければならないはずだ。
人々はなぜ革命を起こすのか。剣を取り、銃を取り、筆を取り、離脱を宣言し。
数人でも革命が起こせる時代になった。数人でも組織が組める時代になった。血も流す必要は無くなった。誰も死なないならば、革命を起こしてはいけない理由はどこにある?
組織を知ろう。組織を作れない指導者には耳を貸すな。自分が守りたい人たちのためにも、同じ過ちを繰り返すな。もし革命を起こしたら、付き従ってくれた人たちの思いを救うことを忘れるな。