↑が言うことが正しかったとして、それを公言してもお金を出す男がどれだけいるのかな? って話。
要はきれいごとじゃないって話だから。
だからそれに対する答えは「お金を欲してない女を見つけろ」ではなく、「そんな男いないよね」「いるよね」「確率何%でいるよね」の3択しかない。そもそも社会の状況についての問いなんだから。つまり最初から世界に対する疑問を唱えているのに、お前が行動を変えれば全て解決というのは問題のありかを摩り替えている。
自分に問題があるのか、社会に問題があるのか、についての結論(倫理的な結論ではなく、思考の決意としての結論)はすでに最初から出ている。
そしてそれに対する「あっそうずっと夢見てれば」「ママがいるといいでちゅねー」的な反応はすでに織り込み済みだ。1、(本人のつもりとしては)依存ではなく与える側で 2、その夢は実はパパとして反転可能で 3、「私はが選ぶ側にある」という自己肯定的精神安定の捏造に惑わされない決意を持つ。
その上で、やはり社会の方が間違っているのじゃないかという考え。
だから↑の中に「きれいごとじゃない」と言いながらきれいごとへの志向を捨て切れてずに、短い文章の中にすら美化の欲求に耐え切れずちょいちょい美化を行っているのを見るにつけ、結局は汚い現実を、つまり恋愛は幻想というおそらく何よりも正しいが意図的にある成分を排除した、「美化から逃れたところにある美化」しているのだな、と、結婚式的なウソに吐き気が差す者は思うのであった。
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