2010-09-09

結婚について考えてみた

最近身近な人が結婚したり出産したりで、仲間内でもにわかにそのへんが話題だ。年齢的にも、そろそろ二十代も残り半分。

わりと長く付き合っている恋人もいる。友人達もそのことは知っているから、結婚は考えていないの?と訊かれたりもする。

結婚ねえ、と考えてみる。

何かよほどのことがない限り、ずっと一緒にいたいとは思う。一緒に住もうと言われれば住むだろう。でも、結婚ねえ?

結婚するためには何が必要だと思う?」と先日訊かれた。愛情だけじゃ足りない、と私は思う。

信頼というのとも、ちょっと違う。信頼は、そもそもそれがなかったら、一緒にいられない。

それだけじゃなくて、この人とずっと一緒にいられるであろう、という確信のようなものがほしい、と思う。

知人が言った。「恋人がいると身重になる」「冒険ができない」。その感覚は(その人が言いたかったのはきっともっと抽象的なことなのだろうけど)私にもちょっと分かる。

たとえば、恋人というものができる以前、私はバックパッカーもどきだった。何も怖くなかった。今なら、同じことは多分できない。

人それぞれだろうけど、私は恋人ができて変わってしまった。この世のどこかに、頼ってもいい人がいるというだけで、随分弱くなってしまった。

それは安心感を伴うことではあるのだけど、一方でとても残念だ。もし恋人がいなかったら、今とは全く違う人生を歩んでいただろうと思う。どちらが幸福かは分からない。

でももしも、と考える。もしも恋人が、一緒に冒険に連れて行ける人だったなら。

昔の恋人はそういう人だった。何が違うのかは分からないけど、今の恋人にはそれはできない。命の危険明日が分からない生活も、一緒に味わおうとは思えない。頼りないということなのか、そうではなくて、ただ大事にしたいのか。いずれにせよ。

でも人生って、選択の連続だって言いますよね。

普通に生きてれば、冒険はなくたって、勝負はあると思う。決意をもって何かの選択や博打をしなければならない時は多分ある。

結婚って、その勝負を、自分一人ではかけてはいけなくなることかもしれない、と考える。いわゆる、妻子を背負ってる、ってやつ。

しかし一方で、人間とは、自分人生の選択を自分で出来なければならない、とも思う。その勇気がなければいけないと思う。

一緒に冒険に出かけられる人、っていうのは随分漠然としてるなあと自分でも思うけど、要するにそういうことなんだ。

能力とは関係ない。自信、のようなものかもしれない。勇気とか。決断力とか。

そういうものなくして、人生を分かち合うという約束をしようとは思えない。隣に立つのはいいけれど、背中を任せるためには。

でもそれって結婚とかいうよりも生きていくために必要なものだよなあ、と思うので、やっぱりいわゆる「オトナ」という概念が私にとっても正解なのかもしれないです。結婚とはオトナ同士がするもの。お互いがもっとオトナになれなきゃ、結婚はできないんだろうなあ。

「さあ、しばらくは、あんまりどうかなあ」という答えを、これからも友人達にし続けるんだろう。

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