その日、思い立って母の友人に会いに行こうと思った。
母から紹介された人にもかかわらず、何故か母は会いにいくな、と言って口論になった。母の目はつり上がっていた。その横を通り過ぎて玄関へ向かった。
あんたを殺してあたしも死ぬ。
母は手に包丁を持っていた。
その場にいた兄弟たちは逃げ惑うばかりで、何もしてくれそうにはなかった。
ここから先は覚えていない。
刺されなかったのは確かだし、お宅に行った記憶もない。たぶん、母は包丁をしまい、私はいつも通り居間でごろごろすることにしたんだろう。高校を卒業して上京するまで、平々凡々とその家で母と寝食を共にした。
あれから十数年が経った。
母は元気に生きている。私も元気に生きている。結局、大学卒業後も故郷へは帰らなかった。時たま元気かと母から電話が来る。元気だよと私は答える。