それに遭遇するのは自分は初めてだった。
自分は、なにもできなかった。
ただ、見ていただけだった。
自分は26歳。男。
就職活動で失敗しても、失恋しても、心にダメージはほとんど残らない。
そんな自分のなかで唯一、激しく心が動揺するのが、性犯罪の事件を見聞きしたときだ。
痴漢の話を聞くたびに心の底から胸糞が悪くなり、そして必ず「その現場に俺がいたら、絶対に阻止してやるのに!」と憤っていた。
俺は、車両の後ろの方から、その異変に気づいた。
座席はほぼ乗客で埋まっているが、立つ乗客はあまりいない程度に、空いた車内だ。
自分からみて、3つくらい前方の席だろうか。二人掛けの席のうち、窓側にはお姉さんが座っている。そして通路側には、生理的に気持ち悪い、中年のオッサンが座る。
ただし――明らかに異常に――オッサンは、お姉さんの体のほうへと寄って体を密着させている。二人掛けの席のちょうど中間にオッサンの体がくるほど、女性のほうに体を密着させている。
そして、妙に、オッサンの体が上下に揺れている。けっして電車の揺れではない。不自然に、体を上下に揺らしている。
手元でなにが起こっているのか、後方から見ている俺には分からない。
いったい何なのだ。
俺はそれを見ているだけだった。
「あの密着の程度は、もしかしたら家族なのかも」
いろいろな想像が頭をかけめぐった。
だが、何もしなかった。
本当は、俺が隣の通路に立てばよかったのだ。オッサンの手元でなにが行われているのかを確認するために、自分がすぐとなりの通路に立てば、よかったのだ。ほんとうに痴漢なのかどうか。そして、たった隣に立つだけで、もしかしたら痴漢行為に対する牽制になったのかもしれなかった。
だが、何もしなかった。
俺が何もしなかった理由は、大きな荷物を抱えていたからだ。だから、通路に移動するのは少し難しかった。――たったそれだけの理由! そんな些細な理由で、俺は目の前で行われる犯罪行為をみすみす見逃していた!
その異常な光景に気づいていたのは、車内ではおそらく自分だけだった。つまりその時、痴漢の阻止に動けるのは自分しかいなかった。
自分しかいなかったのに!
そして、ふだん痴漢事件に憤っている俺がそこにいたのに。俺がいたのに、目の前の痴漢には何もできなかった!
電車が駅につく。
女性が早々に立ち上がって、降りる。オッサンはすっと体の位置をもとに戻し(つまり意図的に体を密着させていたことが判明)、お姉さんの後ろ姿をじいっと目で追っている。そして、俺も降りた。
俺は電車が出発するまでの間、車内のオッサンの様子をみていた。
俺は、驚愕する。
オッサンは、おもむろに立ち上がったかと思うと、車内を見回して、――べつの若い女性のとなりに座りやがったのだ。
――次の獲物を確保、というわけか。
まわりの乗客は、だれもその異変に気づいていないように見える。
電車はまもなく、そのまま出発した。
ホームに残される俺。
ほかの乗客が出口へと向かう中、さっき降りたお姉さんはホームで立ち尽くしていた。そしてお姉さんは誰かに電話をかけ、小さな声で話をしていた……。
俺だったら、止めれたのに。
俺しかいなかったのに!
何もできなかった。
とても悔しい――悔しくて悔しくて、泣きそうだ。実際、泣いた。
今までの人生のなかで、もっとも動揺している。今でも思い出すと、叫びだしそうになる。
男なんて、みんな死ねばいいのに。
> 男なんて、みんな死ねばいいのに。 文字通りの意味で、一人の例外もなく、男は死ねばいいのに。 << つ【言いだしっぺの法則】
http://anond.hatelabo.jp/20100708012324 元増田です。簡単にブコメにお返事したい。 まず、「男は死ねばいいのに」という文言に対する違和感のコメント。確かに、このエントリでは唐突に出て...
俺はあのブコメ見て笑ったからあえては参加しなかったけど 飲み込んでいた別の角度のツッコミを入れるけどさ お前、男が26歳にもなって、 そんなことに対処しようとしても出来...