2010-06-22

http://anond.hatelabo.jp/20100622195117

芸術家と言えるかどうか知らないが、(条例改正で)描き手が無言の制約を受け、圧力を感じて描きたいことも描けなくなるということなのだろう。その連中が、そんなことぐらいで描けなくなるなら、そんなものは作家じゃない

これ、「描き手」を「市民」に、「そんなことぐらいで描けなくなる」を「そんなことくらいで政治批判できなくなる」とかに置き換えると、何が問題なのか判りやすいんだがな。

そうしたときに出てくるのが、「政治批判」と「わいせつ」を一緒にするなという議論だと思う。

だから結局、なぜ「わいせつ」がいけないのかの議論にしかならず、仮に「わいせつ規制」を肯定するとしても、「わいせつ」の定義曖昧ならば、それは表現への圧力足り得る。

表現者にそのつもりが無くても「わいせつ」を表現してしまうかもしれないからだ。

記事への反応 -
  • 芸術家と言えるかどうか知らないが、(条例改正で)描き手が無言の制約を受け、圧力を感じて描きたいことも描けなくなるということなのだろう。その連中が、そんなことぐらいで描...

    • 芸術家と言えるかどうか知らないが、(条例改正で)描き手が無言の制約を受け、圧力を感じて描きたいことも描けなくなるということなのだろう。その連中が、そんなことぐらいで描...

      • 結局、定義が曖昧なんだよね、最近の規制全般に言えることだけど。 たちが悪いのは、むこうはそれを分かっててやってるというかそうする事が目的な所なんだよね。 http://peer2peer.blog79....

    • こういう思想って、本当に強者の理論だよな。

      • 条例改正したら描かない・・・→そんなものに何の価値があるんだ無くしちまえ 条例改正しても描く・・・→規律を守れないような人間だから卑しいと言われてもしょうがないそんなも...

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