目的は、好きな相手から注目や好意を得るということである。貢ぐことは、そのための手段である。
そのための有効な手段は貢ぐことであるという確信を、貢ぐ人は持っている。
多少極端な表現になるが、貢ぐ人は貢がれることを求めているのである。
ありのままの、実際の自分で、他人から十分に認めてもらえたり、好かれたりすると感じていれば、
そのような人は貢ぐ必要がないわけである。
しかし、どんなに貢いでも、心の底にある自己無価値感がなくなるわけではない。いやむしろ強化されるのである。
貢げば貢ぐほど、ありのままの実際の自分は価値がないという感じ方は強化されるのである。
(省略)
従って、好きな人ができて貢ぎはじめる人をよく観察しているとわかることがある。
それは、自分が好きでない人には献身を求めるということである。
自分の方が好きではなく、相手が自分を好きだという場合には、相手に対して無慈悲なほどの献身を求める。
つまり、ある人に自己犠牲的献身をする人は、別の人に自己犠牲的献身を求めるのである。
奴隷的な行動の仕方を捨てられない人は、自尊心が傷ついているのである。
そして、その傷ついた自尊心をいやしてくれる可能性のある人を求める。
「甘え」の心理 加藤諦三