どんなに自分に関係のないように思えることも、すべて自分のなかにある。
誰かを非難するときに「自己責任」だと「無責任」に吐くものではなく、もっともっと本質的なこと。
だから、そこに楽も苦しいも正しいも間違っているもない。ただそれを受け止めるだけ。それだけで安定した精神状態に持っていくことが出来る。
他人に頼りたがる傾向も、全てが自分の中にあることに気付かないから生じる。
すべては自分。外宇宙ではなく内宇宙に潜っていけば他人に頼る必要はない。他人はその答えを知っていない。全ては自分だけが知っている。
他人は自分を映した鏡。鏡に問いかけても問いかけが返ってくるだけ。ただ、問いかけそのものが曖昧な場合は有効かもしれない。
確固とした問いかけなら、答えは自分自身が知っている。自分を信じて聞いてみる。すぐに答えは返ってくる。この世で最高の存在、それが自分。
他人との関わりの中で自分を発見していくのだから 自分一人で追求しても深化出来ない気がする。 人生という舞台で、いつも自分が主役である必要はなく、 その場その場で役割は変...
発見せずとも、常に自分はそこにある。 ゆえに、深化させる必要などなく、むしろ「深化」などあり得ないのだと気づくことが大切。
他人が自分を映す鏡だと考えれば、たとえ自分以外の誰かが主役であってもそれは自分が主役であることと同じだよ。 他人との関わり合いの中で、っていうのはその通りだね。嫌な奴し...
現実に関しては、嫌なやつしか身の回りにいないって事はないですよ。 一方的なコミュニケーションをとられる場合もあるので、 一概に自分の中の要素が原因だから、で済ませられる...
ううん、嫌な奴しかいないと思ったら、ということ。 よくいるでしょ。俺の周りには最低な人間しかいない。俺は不幸だ、みたいな感じの人。そういう人の場合についてね。 あとは、...
増田が書いているのは 全肯定というより「諦め」と書いた方がしっくりくる。 嫌いなものがあるからこそ好きなものが輝くわけで、 それはその人の中で作られた信念やルールのよう...
生きるということは執着を持つということですが、生きていくということは執着を捨てていくことでもあると思うのです。