2010-03-14

例外対応コストが低い場合にこそ、教条的なおはなしは一番よく機能する

http://anond.hatelabo.jp/20100314195035

知らない人についていくなと子供達は教えられる

でも、子供馬鹿だから、そういう人についていくのがいる。

どういう不審者がいるかは覚えきれないほど情報が垂れ流されるが、

監禁されたあと、どうしたらいいかの情報は流れてこない。

だから、何年も監禁されっぱなしで行方不明になる。

危ない池や海などには近づくなと子供達は教えられる。

でも、子供だから、そういうところに近づいて着衣したまま落ちるのがいる。

学校では水着で泳ぐことは教えるけど、着衣水泳は教えない。

だから、泳げる子でも溺死することがある。

交通ルール信号を守れ、左右を確認しろと子供達は教えられる。

でも、ひき逃げされたら、どうしたらいいか誰も教えない。

だから、事故に遭ったら、即死亡となる。

自動車学校でも安全運転しろと教えるが、事故を起こした後どうすればいいかは教えない。

この日本では、親も学校も「いい学校に行け」「いい会社に入れ」ばかり言う。

でも「落ちた」ときにどうしたらいいか、学校も親も誰も教えない。

だから、「落ちた」らどうしていいかわからない。

真面目に勉強した奴ほどわからない。

「他人に迷惑をかけるな」と子供のころから言われ続けるが、

他人に迷惑をかけられたら、どうしたらいいのかは一切言われない。

だから、会社政府ブラックでも泣き寝入りして自殺する。

ここで挙げられている話に関わりそうな概念を少し切り分けて置くと

単に「世の中が馬鹿」という以上の問題として、

・事後対応 vs 事前対応という問題や、

・標準対応 vs 例外対応の話、

対処すべきモデルケースの老朽化

といったこともそうなんだけど、

なによりも「伝達コストの低い情報 vs 伝達コストの高い情報」の話である、と思ったよ。

1.知らない人について行った後の対応バリエーションを教えるよりも、「ついていくな」と教えた方がラク

たとえば、「知らない人についていく」ことをして拉致監禁されてしまった場合に、そこからどうやって抜け出せばいいのだろう、と考えるのは、けっこう大変なように思う。

拘束具を外す方法は?抵抗したら殺してくる相手かそうでないかを、どうやって判断すればいい?

相手と自分が戦った場合の勝機は?相手はどういう武器をもっているか?あやまって深刻な傷害が発生しないためには?

監禁者が不在の瞬間を見計らう方法は?今、自分がいる現在位置を知る方法は?どうやって助けを呼べばいい?

etc...

考えることは、たぶん、ものすごく沢山発生する。しかも、その経験がほかのことにどれだけ活きるのかはわからない。(特に安全性の高い社会生活を営むことが出来る人であればあるほど)

本当に事後対応について、きちんと教えようと思ったら、数年がかりだろうと思うが、

事前対応についてならば、たった10秒で済む。「知らないひとについっていってはいけません」おわり。

2.では、例外的・事後対応の事例が多くなってしまった場合はどうすればいいのか?

ただし、やっぱり、例外的な事後対応が多発する問題というのはやっぱりある

自動車事故は年間何千件も起こっているわけだし、

就職できずに困っている人、というのは今や日本マジョリティになってきている。

 

もし、日本人若者の99.99%が「正社員になりなさい」で解決する状況を抱えているのならば

正社員になりなさい」は、情報の伝達コスト低くてラクだけれども、

正社員になりなさい」で解決しないケースが、2割とか、3割とか大量に発生してきてしまうと、それは伝達コストの低くて効率的な情報ではない、ということになる。

こういう場合は、例外ケースを回収してやる方法を(多少面倒くさかったとしても)きちんと考えてやるなり、制度を作ってやる、という話にしなきゃいかんだろうな、と。

いまのところ、教条的なおはなしに回収してやる方がまだまだラクだと思われているので、今ひとつな状況なのかな、と。

単に起業しろ、と言っても「無責任」と言われるし、

単にベーシックインカムと言っても、「財源はどうする?労働インセンティヴはどうする」とつっこまれるし、

単にベンチャーキャピタルと言っても、「いま機能していないのは確か。実現シナリオをどう描くんだ?」とつっこまれる。

つっこまれにくいのは、「新卒偏重いくない!」ぐらいかしら。

単に新卒偏重がよくない、と言っても「それは経験採用を増やすだけの可能性をきちんと避けられるのか?」とつっこまれる。

 

個別的にも総合的にも考えを煮詰めなければいけないのだけれども、「例外対応・事後対応」についてきちんと対応コストを支払っていくことがやはり必要という話になる。

短期的には大変ではあっても、「不況」がくるたびに、この問題は発生するので、

不況期が単に失われた期間、になってしまうのか、成長分野に縛られにくくなる期間になるのか、

対応力の多様性が問われるところだよなぁ、などということを思った。

教条的なおはなし、というのは使いモノになるものとならないモノとが混じっている場合が多くて、

けっこう多くのものが社会環境の変化とともに、腐っていく。

でも、それが腐っていることに気付かない人というのは多くて、どの時点で、教条的なおはなしが機能しなくなったのか、を判断するのはなかなか難しい。

まあ、もっと深刻にならないと理解されないのかもなあ。

#「正社員になれない」ことを嘆いていると、

「それは君が待遇を選んでいるからだよ」「それは君に本気度が足りないからだよ」みたいな、補完的な説明をする人も沢山出てくる。

確かに「正社員になる」ことが一番効率的で、間違いないっていうのだったら、そういう「まず、正社員ありき」な世界観ベースとした、補完的な説明構築も機能するのかもしれない。 

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