2010-02-23

日本語上手ですね。

外国人が言われて嫌な言葉は、「日本語上手ですね」だそうだ。

この言葉は、見事に言語学習者の自負や自信や、その人自身の人生を否定する。

言語を喋れるようになるってことは、人格を新しく作るって事だ。

新しく作って、同化する。文学的に言えば、すでに完成した粘土細工に、新しくパーツをくっつけてこねる感じ。

その、新しい自分を理解されないような気がするんだろう。

日本語外国人にしてはうまくこなせますね。まぁ勉強したんでしょうね」

という風に聞こえるんだと思う。

「上手」というのは、少し器用だ、とか、小手先で、とか言う印象を与えるから。

言ってる側からすれば、褒めたつもりなんだけど、世界中のほとんどの人は、言語学習する苦労をあまりしらない。

だからその差がこの言葉に表れる。

言われた側も、どうしてそんなに嫌なのか、はっきり分からない。

「お前は俺の苦労を知らないだろう」といえる様な仲でもなくて、拒絶されたような気がする。

そして、「僕は日本人でもなく、アメリカ人でもなく、何なんだ」

という帰国子女が持つような悩みを持つ。

一体、なんなんだ。

言語学習は、思った以上に、今まで持ってた価値観や、生き方に影響を与える。

若いころアメリカに行っていた友人を何人か持っているけど、みんな明らかに違う。

アメリカというのは、やはり沢山の人を惹きつける上手な国だ)

彼らは言語を僕よりももっと自由に操るけど、やはり日本人とは違うという意識を持っている。

魂に影響を与えるといえばいいのか。

いかがわしい表現を使うなら、言霊人格を変える。

グローバルなんとかとかいっても、言語的には、世界中のほとんどの人が単一言語で生きている。

グローバルなんとかは、ほとんどの人にとっては、iphone世界中で使えたり、日本企業のトップに外人が座るとかいう、そういう意味しか持たない。

いまだにオリンピックで自国の選手を応援してるし、外人に会うと逃げる。

その中で、どうしてバイリンガルになるんだろう。

僕自身は、頭では日本でも、どこでも、人間というのは同じだと思っている。

どこにいっても、人間関係で悩むだろうし、くそみたいなやつらはいる。

結果はわかっている。

しかしそれでも、知らない言語を学ぶこと自体が、自由な気分を与えてくれる。

みな、そういう気持ちで勉強をしてるんじゃないだろうか。

日本語上手ですね」は、本当にその文化に入り始めたという、ひとつ洗礼だ。

言語学習者なら誰でも、ここで笑って「ありがとう。うれしいです」

と素直に受け止めることが、本当に上手になる方法だと知っているはずだ。

がんばろう。

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