中学生の頃からバイクに夢中で、16になったらすぐ免許取りに行った。
流石にツーリングに行く機会は減ったが、それでも自分では上手く折り合いを付けて
バイクも楽しめていた。
そのまま数年過ぎて社会に出て、いい歳になって結婚が頭をよぎるようになった頃、
彼女の両親からは、「今後結婚するつもりなら、バイクを降りてくれ」と言われた。
彼女も「危ないから降りてほしい」と。
俺の沈黙は5秒となかったろう。「分りました」と返事をした。
だが、今までにないくらい、時間を長く感じた瞬間でもあった。
それから間もなく結婚し、約束通りバイクを降り、自分では普通に暮らしているつもりだった。
だが、彼女から段々「元気がない」「覇気がない」「目が虚ろ」と言われるようになった。
そんなつもりはなかったが、しかし確かに、胸の中で光や熱といったものを感じなくなっていた気がする。
結婚前後くらいから、ものを持たなくなってもいた。スーツと私服とパソコンと本が数冊くらいが俺の私物。
「元気出して」と励まされ、「何で元気になってくれないの」と批難され、「私が悪いんでしょ」と罵倒され。
ようやく気付いた。
白から青を抜いたら黄に変わるように、俺からバイクを抜いたら俺じゃない奴になったんだな。
君が好いてくれたのは、バイクを含んでいた「白」の俺。
でも今の俺は「黄」だから、今までのようにはいかないよな。
挙句には彼女の両親からも「娘を幸せに出来ないなら別れてくれ」と。
黙って別れました。でも、今更バイクに乗る気にもなれない。
あの5秒で失ったものは、この先何十年かけても、もう取り戻せないんだなあと思ったら、
涙が止まらなくなった。