まず最初の議論である男女平等は、むしろ社会に有益だっていうのは、何度も書いたと思う。
今人口が増えなくなってるのは単に、システムの調整が追いついていないのと、資本主義化の過程で増えすぎて、頭打ちに近い状態になっているだけで、社会システムを父権主義つまり中央集権社会に戻せば、むしろ人口はだだ減りになるだろう。何せ抱え込んでおける人口が少なすぎる。(他に依存できる資本主義社会があるのなら、そこへなんやかや輸出することでどうにかなるかも知れないが、そういうのはいずれ頭打ちになるので、自身も資本主義化せずを得なくなる)
んで、猿の惑星に関しては、個人的にはOK。全然構わんよ。
奴らが人間の文明を引き継いでいるのなら、それで子孫も同然だと思うよ。むしろ血だけ継いで、システムを引き継がなかった人の子孫の方が、他人の気がする。
そしてこれは人類への博愛のつもりだよ。自分の中で人類は叡智の大系を継ぐ者の連なりだと思っているから。
とは言え、これはもう完全に感性の問題だから、猿の方が嫌って人もいるのも分かるんだけどね。
あと二つ目の質問に関して言えば、人口が減って社会システムが駄目になります、なんてことはまず無いだろうと踏んでいる。
最初にフランスとかの例で書いたように、社会システムの方が現状にあった形に追いつきつつあるしね。要は子育てに質が求められるようになって以降、かかるコストや手間が増えて、それが限界にまで達して各個体が子供を育てるメリットが低くなったのが現状で、そのコストを社会へ分散させればいいってこと。しばらくすれば、資本主義社会が抱えておける人口の上限近くを、多少上下に振動しながらも、落ち着くポイントにつくんじゃないかな、と思う。そこから先はより効率の良いシステムが出来るまでは増えないだろうけど、少なくとも中央集権社会の上限よりはずっと高い地点であることは間違いないだろう。
日本のシステムはやや出遅れたスタートで、先進国の中では男女平等化が遅れているし、その分子育てのコストや手間の分散も遅れている方だけど、これは仕方あるまい。資本主義化が始まるのが東洋では最も早かったとは言え、西洋に比べるとちょっと遅かったし、起こる現象が全体的にワンテンポずつ他より遅い部分はあるに決まってる。
大体そんな感じかな。
人間が残らなくてもシステムが残れば、って狂人の発想だと思うけど、今回は価値観の是非についての話はいいや。 それよりも気になることが。 しばらくすれば、資本主義社会が抱え...