彼は不幸な生い立ちだった。世の中には二種類の不幸がある。それは乗り越えられる不幸と乗り越えられない不幸である。彼の不幸はおそらく後者であった。彼には世の中の女性の大半は醜いものに見えた。電車の中で一心不乱にケータイを弄る女性。友達と楽しそうにオンナを謳歌している女性。男の前だと途端に白痴の様に振る舞う女性。この時代に生きる殆どの女性、少なくとも彼と同じ年頃の女たちは皆吐き気を催すほど醜く見えた。彼が求める女性は「母親」だった。存在しない彼の母親に関する思い出だけが彼の中で日に日に膨らんでいった。ある日、彼はようやく「母親」を発見した。
それは近所に住む見知らぬ女性だった。彼は思った、彼女こそが自分の母親であると。彼は彼女が自分を生んだであろう場所に自分の分身を挿入する事で彼女の胎内に帰ろうとした。彼女は当然それを拒んだ。拒まれたことで目の前にいる母親がただのありふれた女になった。彼は目の前にいる母親では無いただの女を殺すことを決意した。殺してから彼は彼女を犯した。次に傍らで泣きやまぬ子供に彼の意識は行った。母親でも無い、ましてや女ともいえない子供が煩いのは彼には耐えられなかった。彼は子供も殺した。それから彼は財布を取ると一目散に逃げ出した。母親を求めて。
彼の犯した罪は許されるべきものではない。彼の不幸など世の中何処にでも落ちている単なる不幸に過ぎない。彼は死を以て罪を償うしかない。ただ一点。一点だけ彼に同情するとしたら、世の中の女性たちが誰も彼に母性を与えなかったことである。