2009-07-09

改札

以前のようには込み合ってない

けれど全体的に見れば毎日同じ程度の人間がその自動改札を抜けていく

整然と、あるいは駆け足で人々が通過していく改札に、拒絶するような甲高いアラームが響いた

閉まった扉に押し戻された一人の中年の男が手元のカードを見詰めた

彼はカードに疲労した目を向けたまま、一瞬の間を置いて列から離れる

男の後ろに並んでいた若い男が苛ついた表情で小馬鹿にするようにわざと肩をぶつけた

カップルらしい若い女が遠慮のない笑いを浮かべながら後に続く

若い男女の後に緊張した面持ちの女が男と似たカード差し込んだ

アラームは鳴らず、女は改札を一人で通っていった

ホームへ向かう途中、女は一瞬歩みを緩めたが、そのまま進んだ。その先には誰かが待っているようだった

アラームの鳴ったカードを手に改札の前で立ち尽くしていた中年の男に、同じような年格好の男が声をかけた

「改札を通るには、最低の金額が入ってないと駄目ですよ」

男は答えた

「ええ、分かってます

以前も、駄目でしたから」

声をかけた男は、男の答えを想定していたようだった

やや同情の混じった、だがはっきりした声で続ける

「何度やってもそのままじゃ通れませんよ

カードに改札を通る価値がないんですから

それにそのまま繰り返してると、カード価値はどんどん下がりますよ」

男は黙って頷いた

二人にとって、そのやりとりは分かりきった会話のようだった

黙ったままの彼に、男は何か言おうとしたが、背中を同年代の女に押されて、改札へ進んだ

楽しそうに話す女の話を聞き流しながら男は改札の前でカードを持ったまま立ち尽くす男を振り返った

その時他の改札でアラームが鳴った

男と同じ表情で、中年の女がカードを見つめていた

女に押されるようにホームへ進む途中、自動改札を出る何人かの男女と擦れ違った

僅かに明るい表情の人もいるが、大半は疲労している

これから電車へ乗り込む男へ、同情の目を向けているように見えた

自動改札からは、入る人間と同じくらいの人間が出ているように思えた

駆け足で入った人間は、やはり駆け足で出ていった

「私、グリーン車に乗りたいの。鈍行なんて嫌」

隣で女がそう言うのを聞きながら、男は財布の中身を計算しようと思い、止めた

最初の電車は絶対にグリーン車に乗るだろう

女はそれを曲げないだろうし、それにみあった財布を持っているかもしれない

だが今は、まず改札を通り抜けた安堵を味わいたかった

あの改札を一度は通ったという結果は、それなりに周囲と自分に、幾分かの価値を与えるはずだ

自分だって、あの男と同じままだったかもしれないのだから

その先、どの電車に乗ってどこへ行くかは、後で考えればいい

記事への反応(ブックマークコメント)

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん