東のエデンを見ている最中は、これが新しい物語を作る00年代というものかと思ったが
あの最終話では終わらない物語を終わらせるという事にはならなかった。
終わらない物語というものは物語自体の繰り返しであり、物語の外へと広がる物語も
含まれるが、エヴァンゲリオンはその意味で終わらない物語のエポックメイキングだった。
そしてミームは広がりエヴァは終わらない物語を何やかんやで10年も続けたわけだ。
しかし世の中の大体が80年代、90年代で括られるように00年代というアニメがそろそろ
規定される頃だろう。そして00年代は東のエデンになる、という人も居た。
確かに東のエデンには、エポックメイキングたらしめる要素があっただろう。
特に、ノイタミナという枠は流行という面で他のアニメには真似できない要素である。
流行=面白さでない事は確かだろうが、流行⊆面白さという側面はある。
ガンダムは終わった物語だったが、流行したからこそ面白さはより深くなっていった。
時代を規定するものにはやはり流行というものが必要だろう。
しかし様々な要素を含んでいた東のエデンも結局物語を閉じて一つの面白いアニメ
で終わった(劇場版を残しているので現時点で)
結局物語のパッケージの中で引き出すものが無い時点で、象徴的なものにはならない
のだろう。
何故こんな事を思ったかというと、ヱヴァンゲリヲン 序に次いで破においても、終わ
らない物語を終わらせるという点を意識出来るからだ。何故かは破を見て欲しい。
庵野秀明は10年に渡ってエヴァを超えるアニメは無かったと書いていたが、終わらない
物語を終わらせる役割が居なかった事を言っている、と思う。だからこそヱヴァで
古い人類を消して新たな生命を誕生させるという試みを見せるのだろう。
(という事を誰かが書いていたような気がするものの見あたらなかったので頭を整理してみた
大事な話が抜けている気がする)