通勤ラッシュなのに、自分のスペースをガンとして動かない猛者が時々いる。
どれだけ人が出入りしようとも、前後左右の人間が人波に押されようとも、
一度自分が立った場所を死守する。
壁際ならばさほど難しくないだろうこの行為も、車両の真ん中でするとなると、かなりの体力が必要だろう。非難の目に耐える精神力も然り。
更に、これを一人ではなくカップルでしている猛者も居る。
腕を組み、時折会話しながら、一歩たりとも動かない、40代の夫婦らしき二人もいる。
会話どころか目を合わせた事もない彼らをこっそり「ペスター夫婦」と呼んでいた。
ぺスター夫婦は、やや長身でメガネをかけたきつそうな奥さんと、人よりも頭二つ分は小さな、常にうつむいている旦那で構成されている。
何しろ、流れの激しいラッシュ時。絶対に動かないぺスター夫婦の存在は何時も一目で分かったが、側に留まる機会はあまりなかった。何故かどの駅で降りるのかも知らなかった。
だが、つい先日、丁度ぺスター夫婦の目の前に到達した所で流れが止まった。
婦人はキッと窓の外に視点を合わせたまま、穏やかな表情で一言、二言短く夫に話しかけていた。
近くで見ると、更に小さく見える夫は、うつむいたままうなづいていた。
腕をがっしり組んだまま、電車は駅についた。
その瞬間、婦人がまるで振り払うように腕を解いた。
ペスター・婦人はそのまま扉へと向かった。車両を降りる人は少なくない。その流れを猛然とかき分け、サラリーマンを押しのけて出て行く。
周りよりも頭二つ分は低いペスター・夫の姿は一瞬人波に埋もれて見えなくなったが、しばらく後に、ホームに降り立ったのが見えた。
既にペスター・婦人との間はかなり開いていた。
ペスター・婦人は振り返る事もなく、改札へ向かった。早い。もう階段を昇りかけている。
ペスター・夫はその後を急ぎ足で追いかけていった。
なんとか婦人に追いついた夫が、婦人の後をうつむいたまま歩いていくのを遠く見送った。半歩後ろだった。
ペスターは、もう、合体しなかった。
明日も、またペスターを見れるように願った。
朝、電車を待つ列の前に、小さな中年男性がいた。 何故それが気になったのか最初分からなかったが、しばらく後に分かった。 ペスター夫だ。 数日前、分裂したのを初めて見た事で、...
今さらながら、ぺスターがウルトラ怪獣のぺスターから取られているんであろうことに気付いて笑った。