[2009.3.28]
医療や介護は、他人の不幸に付け込む商売である。葬儀屋や焼き場と同じで、相手がお金を持っていなければ、どうにもならない。つまり、それらが産業として大きくなるには、それらを必要とする人々がお金を持っていなければならない。保育にしても、子供を保育園に預けた方が稼げるという人が増えなければ、成立しない。保育園で働く人よりも稼げる人が増えなければ成立しないという点で、従属性の高い産業と言える。
このような従属性の高い産業が、社会のメインプレイヤーとなる事はありえない。何をどうやろうとも、新産業にはなりえないのである。
しかし、医療や介護や保育の世話にならなければならないという個人的な事情がある人にとっては、医療や介護や保育を利用し易くする為に、新産業になりえるから公費を注ぎ込んで拡充しろと主張する動機が存在する。
個人的利益の為に、産業の構造的条件を無視しろというのだから、恥知らずにも程があるのだが、なまじ社会的に地位がある人だけに、扱いに困るのであった。