カルデロンさん一家の問題にも結論が出たようなので、少し書いてみる。
強制退去に賛成と反対の意見があるのだけど、それぞれ国籍法の改正の時にはどういう意見だったんだろうというのを考える。
2つのことがらについての賛成と反対の組み合わせは4つ考えられるのだけど、主に下の2つになるのではと思って不思議な気持ちになる。
不思議な感じというのは、最高裁判所の判決が強制退去と国籍法の改正の背後にあるから。だから、どちらの意見の人も片方では最高裁の判決に賛成し、もう片方では反対していることになる。
最高裁の強制退去の判決が出たにもかかわらずこれに反対している人は、国籍法の改正の時にはどうしていたんだろう。最高裁の違憲判決が出たのだから国籍法の改正はあたりまえといったことは主張してはいなかったんだろうか。
最高裁の判決が出たのだから強制退去は当たり前だといっている人は、国籍法の改正に反対するときは最高裁の判決をどう受け止めていたのだろう。
そんなことを考えていると奇妙な気分になる。最高裁の判決以外にも、公平性という考え方でも同じことが言える。国籍法の改正の理由は、婚姻している場合としていない場合での公平性、もしくは生前認知と生後認知での公平性を保つためという考え方によるものだろう。そして強制退去にも公平性がでてくる。入管の主張としては、裁判によって子供が中学生になったからといって特別滞在を認めれば他の人との公平性が保てないというような形で。
自分の主張に都合のいいときだけ司法という権威を利用してるだけだろ。
ニュアンス違うんじゃね? 「最高裁ですら認めた正しいこと」っていう参照のされかただと思うよ。 日本の最高裁って保守的だからな。高裁まで通ってても最高裁で覆すなんてのがいっ...
外国はそうじゃないといえるの? 判例をころころ変えないようにするのはどこの国でも当然のことと思うが。
ころころ判決を変えるべきじゃないのは別に最高裁に限った話じゃない。 別に変えなくていいことに関しては地方裁や高裁でも変わんないよ。 高裁レベルまではこれじゃまずいというこ...
そういったことを自覚的に話している人はいると思うけど、少なそう。 それに最高裁の判決でも自分の考える正しさとは関係ないという立場だと、判決などを自分の主張の補強に使えな...
俺は、「法律違反行為の道徳的側面は立法趣旨に照らして判断すべきだ」とずっと思ってるし、そういい続けてるので問題なし。
最高裁の判決だから正しい、という理屈で話してるわけじゃないだろ。 正しいことを最高裁が判決したらそりゃ応援するだろうけど。