2008-12-15

http://anond.hatelabo.jp/20081215130855

私の祖父は晩年(本当に最期に近い頃)になって少しだけ話してくれた

スマトラ島で工兵をやっていたこと、終戦後自分以外の多くの者が現地に残りインドネシア独立戦争に協力したこと、数十年の後に彼の地を訪れたが友は誰も生きておらず現地で英雄となっていたこと、ウシガエルは美味しいこと等々・・・

最期が近いと悟ったら何か話してくれるのではないかと思いますが、まだその時ではないのかもしれません

記事への反応 -
  • はたちそこそこで中国へ戦争に行った祖父は幸運にも生きて帰って嫁をもらい、小さな会社を興してそれなりに経営して、子どもと孫に恵まれた。折に触れては子どもたち孫たち、つまり...

    • 私の祖父は晩年(本当に最期に近い頃)になって少しだけ話してくれた スマトラ島で工兵をやっていたこと、終戦後自分以外の多くの者が現地に残りインドネシア独立戦争に協力したこ...

    • 口では整理しきれないのかもしれんよ? 文字媒体とかどうよ

    • そういう祖父がいない人のために、本書がある。戦争絶滅へ、人間復活へむのたけじ /黒岩比佐子祖父は従軍の記憶を僕に語ろうとしない。普段は雄弁な祖父は、しかし口を濁した。どん...

    • 同じくゴーマニズムが話題の頃、祖父に戦争の話を聞いた。 祖父が戦争に行ったことは知っていたが、南京攻略に関わっていたと聞いて驚いた。 「何十万てことはないと思うがなあ」...

      • ごく普通に考えると 「あんなこと」=戦争だと思うんだけど

        • そこが分からんのだよねえ。 他の話もしてたんだけど、南京の話をしたところで口を閉ざしちまったのは、たまたまなのか何なのか。 増田の言うような『「あんなこと」=戦争』じゃな...

    • 「ねえ、戦争のころの中国ってどんなところだった?」 普段は雄弁な祖父は、しかし口を濁した。どんな返答が返ってきたか覚えていない、ということはなにか意味のある言葉ではなか...

    • 自分の祖父はもう2人ともずいぶん前に亡くなって、戦争体験を聞く機会もなかったけれど。 2人ともシベリア抑留されていて、戦後数年経ってから帰還したらしい。両親や祖母に祖父...

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