「人の気持ちをちゃんと考えたことあるのか?」
「いいえ、ないです」
「そんなことだから君は駄目なんだ。人の気持ちを考えて発言する。これは人として当たり前のことだよ」
「ということはAさんも人の気持ちを考えてから発言されてるんですか?」
「当たり前じゃないか」
「じゃあ今僕に『人の気持ちを考えて発言する。これは人として当たり前のことだよ』と発言されたわけですが、これを受けて僕はどのような気持ちだとお考えになられたんですか?」
「……それはだな。そう。聞いた時は不快に思うかもしれんが、それも君の将来のためであるから、いつかわかってくれるだろうと思って、発言したんだよ」
「ということはその人の将来のためになれば、その時のその人の気持ちは無視してもいいわけですか?」
「……そういうわけではないが。しかし君のような相手の場合はそうとも言えるな」
「なるほど。じゃAさんの将来のために発言させて頂きますが、人の気持ちなんて考えてわかるもんじゃないですよ。ちなみに僕は今カレーのことを考えていました。金曜日に作ったんですが、昨日食べた後に、冷蔵庫へ入れるのを忘れていたことを思い出していたので。危ない気もしますが、もう秋も深まってきたので、大丈夫かな、それともやっぱり危ないかもしれないから、帰りに何か買っていこうかなって」
「それは君みたいな相手だからだよ。普通の人が相手なら考えればわかるだろう」
「そうですか。じゃあもし仮に相手の気持ちがわかるとします。そうすると今度は違った問題が出てきます。たとえば被害者は加害者の気持ちを考えて発言しなければなりません。いじめられっ子は自分いじめて楽しむいじめっ子の気持ちを、強姦被害者は罪を犯してまで自分を犯した加害者の貪欲を、子供を殺された親は我が子を殺した犯人の快楽を――」
「それは特殊な例だろう」
「では被害者の場合には相手の気持ちを考えなくても発言してもいいと」
「まあそうだろうな」
「じゃあAさんが、Aさんの発言で不快に思ったと考える、僕の場合は?」
「君の場合は駄目だよ」
「はあ。軽度の被害で、それが相手の将来のためになる場合は免除になるわけですか」
「被害と言うのかはわからないが、まあそうだね」
「わかりました。自分のような者のために、有り難いお言葉の数々、誠にありがとうございました」
「なんだなんだ。急にどうした」
「いえ、生意気な口を聞いたにもかかわらず、それでも苦言を呈してくださるAさんの思いに、心を打たれました。本当に自分の将来のためを思って頂いてるんだなって。ですから、散々生意気なことを言ってしまった後ではありますが、Aさんに感謝の言葉を述べたいと思いまして」
「おお、わかってくれたか」
「相手の気持ちを考えるってこんな感じで喜びそうなことを言っておけばいいんですか?」
「わかってないじゃん」