2008-09-12

http://anond.hatelabo.jp/20080912125701

結婚指輪にウン十万はデビアス社の広告戦略だけど。

結納にウン百万とかは 経済合理性というか、ひとつの合理性はあるよ。

相手を否定するときは、たぶん、あなたは、こういう価値観に基づいて、こういう合理性を期待していたんだろうけれども

現代の価値観的には、価値観がこうだから、合理性としてはこちらのほうが良いのではないかな?

という事を考えないと、自分の価値観だけに偏ってしまって 多角的な物の見方が出来なくなっちゃうし

読んでる増田としても、どういう判断でどういう合理的にたどり着いたのかトレースしにくいよ。

もともと、古い時代の結婚というのは家と家の結婚という意味もあった、というか、政略結婚という言葉があるようにそちらが主流だった。

という事を考えると、家の格を相手に示す。自家宣伝広告費という見方も出来るし。

それこそ、格のある家ではウン百万は難しくないし。近所づきあいの見栄の費用というのは、それはそれで地方社会では合理的。

個人が贈る訳じゃなくて、家が贈る、家族が贈る、一族として贈るという意味も含めると、その額でも妥当だと思うよ。

きちんとした、経済力がある家ですと示すことも重要だから。それに別に無駄な物を贈る訳じゃないしね。

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