持ってることに「気付く」か「気付かない(けない)」のもプレイヤーにゆだねられるんだよ。
無制限に持てる(ナンデモアリ)に気付いて「それじゃゲームじゃないじゃん」なんてのは選択をしなくてもいい場合に限る。
でも大概人生ってのは生きるのも、死ぬのも、何時も手札とにらめっこだ。
まあ、そりゃ、ゲームしなくてもいい人種はいるだろうけどね。実際。
手札?ゲーム?ばあやがみんなやってくれるから知らなくってよ?てなもんで。
あのCMも「選ぶのも俺」「是非を問うのも俺」という図式だしね。
ただ、時折自分の手札を他人がひっさらったり、勝手に出される時がない事はない。勿論競争してもOKだ。
そしてそのゲーム=お遊びと考えるかどうかは、その人の人生観。
手札の数が気になるような時もお遊びと考えられる余裕があれば楽だよねぇ。
延々とパスを繰り返して、そのうちどうにかなるんじゃないかと日和見主義なのもまたその人のゲーム。
パスなんかしたくねぇ!と必死で手札を探すのもいいけどね。
出せない時や出したくない時はパスだって全然いいんだけどね。
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その反駁に実効性はない。 カードゲームという比喩の正当性に異議を唱えている。 持ってることに「気付く」か「気付かない(けない)」のもプレイヤーにゆだねられるんだよ。 そ...
http://anond.hatelabo.jp/20080908174314 二人分のデッキが作れるカードの枚数だけ用意して、適当に混ぜてランダムにデッキを再構成して戦うっていうやり方がTCGでは暇つぶしによくやるんですが
私はデッキ構築の問題だと考えます。 数ある経験、知識の類(カード)を収集し、その中から戦略的に有用な要素(カード)を検討し、 いろんな局面に立ち向かえる戦術(コンボ、タク...
増田読んでなかったけど良い反論だ。
上手な奴は・・・ そもそも「強い」カードを揃えるよう、デッキ構築の段階で頭を使う 行きがかりで手に入れた「弱い」カードを、他のカードと組み合わせて使うのが上手い 勿論...