2008-06-24

 セカイ系と呼ばれる作品、つまり少年少女世界全体の重さを自分ひとりで引き受けているような作品が生まれたのは、世界が実際に少年少女世界全体の重さを負わせている、あるいは彼(女)等の主観にそう感じさせているからだ。少なくとも作り手は、「重みを背負わせている大人=自分たち」を意識していたのだろうと思う。

 もちろん、これは少年少女がもっぱら作用を受ける客体であることを意味しているわけではなく、世界内面化を通じて彼(女)等自身も自らの意識においてそのように感じているのだろう。

 単なる根性論によらずしてこの状況を突破する論理を示した作品というのも、既にいくつかあるにはあるんだけど、いまいち主流にはなり難いみたい。

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