2008-06-12

秋葉原犯人と「タクシードライバー

秋葉原の事件で、犯人掲示板に友達や彼女がいないことをつらつらと恨みを込めて書いているという報道を目にして、映画タクシードライバー」を思い出した。

あの主人公トラヴィスもまずチンピラがうろつく街中でよっぱらいをのせて夜の街を孤独に走るタクシードライバー仕事をしていた。

そして他人とまともにコミュニケーションを取ることができず、振られると逆恨みをした。

同僚に悩みを相談してもかえってくる答えは全く参考にならない。

さらにギャング売春をさせられている女の子にこんな生活をやめるように説得しても相手にされず。

こうやって主人公はどんどん世の中とのつながりを失っていき、重大な事件を引き起こす。

他人とのコミュニケーションをとれずに、それが重大な劣等感につながることはある。

犯人も「彼女がいない」ことが大きなコンプレックスになっていたみたいだ。

自分を愛してくれる相手がいるということは、自分が承認されることでもあるから、心の余裕は全然違う。

周りとのつながりを失っていくことがどれだけ人間にとって辛いことか。

25歳にもなってまともな仕事に就けずに、彼女もいないために孤独に追い込まれていった犯人の心情に理解をできる部分がある。

但し、今回の事件は絶対に許せない。日本法律極刑を言い渡されて当然である。

この事件で命を落とした人や、愛すべき人を失った周囲の人々、事件に遭遇して心に傷を負った人、数多くの被害者がいる。

多くの人を不幸に追いつめた犯人を個人的な気持ちとして許すことはできない。

孤独への心情への理解はするが、彼の犯行動機を理解する気持ちも同情する余地もない。

ただ、一つ思うのは犯人は「タクシードライバー」という映画をおそらくは知らないだろう。

もしこの映画を見ていたらこんな惨事を引き起こさずに済んだのではないか、と私は考えている。

もし見ていたら犯人の心情と主人公の境遇にシンクロしていたはずであるし、それが孤独を慰めることにつながったかもしれない。

ある種の芸術孤独人間カタルシスをもたらす。

余談だが、1980年にこの映画の熱狂的ファンがレーガン大統領暗殺しようとする事件があった。

その犯人と今回の事件の犯人は性質が違うと、勝手に思っている。

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