Aは先輩との付き合いに嫌気がさしていた。Aは寮暮らしだったので先輩達は何かにつけてすぐAを呼び出した。本当は嫌なのだが体育会系なので先輩の命令は絶対だ。断ることなど許されない。だから仕方がなく先輩の呼び出しに応じて酒を注いだり場を盛り上げたりしていたのだが、それももう限界だった。Aが本気で辞めようかと悩んでいると、同期のBが声をかけてきた。Bとは気心知れた仲だったし、Bはアイデアマンでもあったので、Aは今まで誰にも打ち明けたことのなかったそんな思いを打ち明けた。
本気で悩んでいて辞めようかと考えている。でも本当は好きだからやめたくはない。付き合いさえなければいいのに。全てを伝えるとBは腕を組み何かを考え始めた。Aは藁にもすがる思いでBに頼んだ。謝礼は俺に出来る限りのことをするからどうにかしてくれないかと。Bは本当に出来る限りのことをするのか?と尋ねると、Aは喜びながら即答した。先輩との付き合いがなくなって、本当は好きなここを辞めなくて済むなら、それくらい安いもんだと。するとBはわかった、後は任せろと言いその場を去った。Aは喜びの余りその日はなかなか眠ることができなかった。
しかし3日経っても、5日経っても、先輩の呼び出しは止まらなかった。Aはどうなってるんだ!?とBに問いつめたが、Bは気にすることもなく効果が現れるのは明日からだと言い、また去っていった。明日になったからと言ってどうなるというんだ。明日は金曜日。平日だし何のイベントもないじゃないか。強いて言うなら金曜日だから資源ゴミの日か?ちくしょう!Bになんか話して損をした!Aは諦め半分で眠りについた。
だが翌日からは先輩の呼び出しが減っていった。呼び出されることはあるのだが、なぜか先輩が一人の時は呼び出されなくなったので、回数は半減し、呼び出される時間も短くなった。不思議に思ったのでBに尋ねるとこれから毎週金曜日が来る度に減っていくと言ってまた去っていった。金曜日に何かあるのだろうか?Aは首を傾げたが結局わからなかった。
Bの言葉通り呼び出しの回数は減っていった。先輩が呼び出すのは事務的な用事があるときだけになり、それも玄関の前で済まされたので、私用の場合や酒の席には全く呼ばれなくなった。Aは喜びBの部屋へ行った。感謝の言葉と、謝礼の件と、そしてどうして呼び出しが減ったのかという謎の種明かしをしてもらうために。Bの部屋に行くとBはおもむろに雑誌を出した。こいつを毎週捨てただけさと。肌色に埋め尽くされたその雑誌を手に取ると男同士が抱き合っている雑誌だった。どういうことだ?とAが聞くとBは解説を始めた。「男しかいない寮でゲイの雑誌が捨てられている。そんなことは去年までは恐らくなかっただろうから、すぐに俺たちの誰かだと目星がつく。一つ下だとは言えども、ここは体育会系だから一歳の差なんてどうにでもなるくらいのガタイの良さはみんな持ってる。例えば俺なんか先輩達よりガタイ良かったりするだろう?」確かにBはガタイが良かった。Aは同期の中では体格が良い方であったが、それもBと比べたら可愛いものだった。そんな先輩達と比べても一二を争うBが言うと説得力があった。「すると、どうなるか?普段から厳しくしてる俺たちに仕返しついでにそういうことをされるんじゃないかと不安になるわけだ。酒の席なんてとんでもない。酔ってる間に何をされるかわからないからな。毎週捨てられるゲイ雑誌に、そんな不安が大きくなって、ついには部屋にも呼べなくなる。そういうカラクリだよ。」
Aは感心したが疑問にも思った。一つ下とは言っても数多くいる。だが、同期全員の呼び出しが少なくなったかと言えばそんなことはない。確かに減少はしているが、自分以外の同期はそれでもまあ数多く呼び出されている。それはどうしてた?とBに尋ねると、悪びれることなく答えた。「Aがゲイだって噂を流したからな。」
「は!?」AはBが何を言ってるか理解できなかった。「お前何してんだよ!」そして理解できた後に怒った。しかしBは平然と答える。「大丈夫。噂を流しても問題ないよ。」「何が問題ないんだよ!大いにあるだろうが!」「なあ、A?」Bが真剣な顔をしたのでAは思わずたじろいだ。「…なんだよ?」「この雑誌は一体どこから用意したと思う?」「…え?」言われてみれば不可思議だ。毎週捨てているという話なのに、まだ山のように置いてある。古本屋だろうか?それにしても多すぎる気がする。Aが考えているとBが続けた。「これ実は俺の私物なんだよ。」「は!?」これ全部!?こんなに!?というかゲイ雑誌が!?頭の中が?でいっぱいになるAにBはなおも続けた。「おい、A。謝礼は出来る限りのことをしてくれるって約束だったよな?」Aは嫌な予感がした。「…ああ。約束はしたけど…」「それじゃあ――」
Bの言った通りAに関して流した噂は何の問題もなかった。なぜなら噂は真実になったのだから。