・オタク向けの作品には、人生のメタファが散りばめられている。
・それら人生のメタファは、オタクの人生を肯定する方向に歪められている。
・オタクは、オタク向け作品を消費することで、上手く生きられない自分を肯定できる。
自分なりに読解してみた。「メタファ」ってなかなか上手いこと言い換えられないもんだね。俺はそれほどオタク研究本の類を読んでないから、間違ってるところもあると思う。訂正してくれ。ただ、これで正しいなら、まあどこかで聞いたことがあるな、という話。
疑問点
・「大多数のオタクはルサンチマンを抱えてる」とあるが、では「少数のルサンチマンを抱えてないオタク」はなぜオタクをやっているのか?
・生へのメタファを歪めているのは作者だと思われるが、その作者は意図して生へのメタファを歪めているのか?
・作者がオタクである場合、作者はどうして生へのメタファを歪めるのか?
・作者が意図していないとしたら、読み手は歪められた生へのメタファ云々をどうやって読み取ったのか?
・読み手が無理に読み取っているだけならば、なぜその他のコンテンツに目を向けないのか?
・この論が成立するには、オタクが自身と作品の主人公を同一視していることが前提となるはずだが、オタクがそうしているという根拠はあるのか?
・「大多数のオタクはルサンチマンを抱えてる」とあるが、では「少数のルサンチマンを抱えてないオタク」はなぜオタクをやっているのか? 憧れではなかろうか? 誰でも、たぶん...
・オタクは、上手く生きられないことに劣等感を抱いている。 劣等感というとすこし違う。ルサンチマンを持っている。そのルサンチマンがコンプレックスを持たせることはあるけど...