『超兄貴』が好きだ。あの電気ビカビカメカと筋肉ツヤツヤマッチョが好きだ。漫画も小説も読んだ。
その上で思うのだが、『超兄貴』はマッチョなホモを、「どうだ! エログロだろう! 面白いだろう!」と打ち出して商品価値にしている。
しかし、それをエログロとして面白がる俺は、マッチョなホモを笑い物にしているのではないか?
マッチョなホモはそういう受け止められ方をされて不愉快なのではないか?
そんなことを言い出したら何も面白がることができなくなってしまうが、だからこそこの面白さはあまり表だって笑えるものではないのではないか?
最近は表だって笑えないものが逆説的に一定数の支持を集めるということで表に出てしまうが、本当はこういう事態はマズイのではないだろうか?
ナマモノを楽しむ腐女子たちのように「これは我々は楽しませてもらうが、外に出してはならない」と厳格に封印すべきなのだろうか? いまいち考えがまとまらない。
小説の方は読んだけど(っても、死ぬほど古いから、元増田とは違うかも) PSPで零をやって思った。 あれはGSMあってこそだ。 字や絵じゃ、超・兄貴ではない、とつくづく感じた。 あ...