有吉に限らず、一般的に毒舌だとか、悪役を担っているような人を、好きだと言う人って
そういう人を「好きだと言うことで消化しようとしている」んじゃないか。
たとえばこの前けっこうはてブがついた、グラビアアイドルを有吉が打ち負かしたみたいな話があったじゃん。
有吉が好きだなんていってる人たちも、実際あれを自分にやられたら大抵の人が耐えられないわけでしょ(まあ、見栄張ってそんなことないとか言う人もいるだろうし、実際全然大丈夫な人も少数ながらいるだろうが)。
なんかそういう事から結局、目をそらしたがってるっつーか、そういうのをひっくるめて「ああ有吉いいよね、好きだよ」なんていうことで、自分なりに消化してしまおうっていう魂胆なんじゃないのか、という感じ。
「これが有吉だよねww」とかいう事で自分はそういう対象になることは決してない、と自分を言い聞かせている感。しかも好きだよwwとか言っちゃうことで「自分はこれに対して余裕を感じている」と自分自身に錯覚させようとしている感。
そういうのを感じる。
あえての高みの見物つーか。
「好きだ」ということで、その対象を軽く手懐けた気になってるんじゃないのか。
そうすることで、安心しようとしてるんじゃないか?
一般的に「怖い」感じのものが好きって人はさ、結局、「そんなものがすきな俺・私」キャラを意識しているか、「好きだということで恐怖感(というと大袈裟だが)を克服する、安心しようとする、消化しようとしている」んじゃないのか。
あるいは完全なる盲目的ファンになることで、それはそれで安心しようとするって奴もいる。完全に服従しちゃう感じな。これはよほど臆病な奴だけど。
そういうものがすきって言ってる奴に限って実は意外と怖がりなんじゃないか。
結局嫌なものから目を背けたがってるんじゃないか。逃げているだけつーか。
そういう感じがどうも拭えないんだよね。
有吉本人が自分にとっての一番の敵は 「毒舌有吉大好きw」 とか言ってる連中なのは分かってんじゃないのか。 芸人としてのウデはあるので露出が減っても 細く長くやってくでしょ...