2007-05-23

「匂いは思い出を想起させる」と言ったのは誰だっただろうか。

梅雨が終わり、定期試験も終わって、あとは夏休みを迎えるだけという緩慢とした空気感。すでに夏の日差しになっている太陽に照らされて埃っぽく土がまう校庭。運動部の半分やけになった掛け声とそれと競い合うようなセミの声。そして、時折混じる吹奏楽部の練習の音。僕は教室の窓際の席に座って外を眺めるでもなくただそこにいる。

不意に今までとは異なる匂いを感じる。これは雨のにおいだ、と認識する間もなく空は掻き曇り、大粒の雨が落ちてくる。はじめはぽつぽつと落ちてきたそれはすぐに本降りになった。気付けば運動部の掛け声もセミの声も止んでいる。そして、焼けた土と雨のにおいが混じりあった湿っぽいにおいが教室に満ちる。夕立はすぐにやむだろう。

僕が雨を眺めていると、教室の後ろのほうでドアの開く音がする。音の主は上履きをきゅっと鳴らしてこちらに近づいて僕に声をかけた。

「あ、増田くん、まだいたんだ」

聞き覚えのあるよく通る声。僕は平静を装ってそちらを振り向く。全身濡れ鼠制服姿の彼女がそこに立っていた。僕は思わず目を逸らす。

「ひどいよねー、びしょぬれになっちゃった

そう言って、袖を振る。教室には彼女の足跡が点々と付いている。

「ごめん、そっち向いててくれる?」

彼女はそう口にすると、ジャージが入っているらしき袋を手に取った。僕はあわてて教室をでる。中にいていいよという彼女の声を振り切って廊下に出てからカバンを持ってこなかったことに気付いた。廊下も雨の匂いに支配されている。

「もういーよ」

かくれんぼのときのようなその声を聞いた僕は、教室のドアを開けた。目の前に彼女が立っている。下ろした髪に野暮ったいジャージ姿。そして、雨とはあきらかに違う匂い。

(続かない)

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