目の前のことを一生懸命頑張ってるだけじゃ駄目だったって話。
訳あって日本国外に住んでいる。
この国については、何となくぼんやりと、いつかまた住みたいという小さな願いを持っていた。
記憶にも残らないほど昔に、自分はこの国に住んでいたからである。
日本では普通に義務教育と高校、大学を出た。大学は中堅ランクで、就活で大勝ちすることもないが特に苦労もなく一部上場企業に入社した。
高校までの自分は全く海外志向ではなかった。私立の高校で留年して留学に行く子もいたし、2週間ほどどこかの英語圏に行く交換プログラムみたいなのはそれなりの倍率で卒業してアメリカの大学に進学する友人もいたが自分がそれに興味を持つことはなかった。
何となく海外に興味を持ち始めたのは大学に入ってからで、それも世界で仕事をしたいとかそういうのではなバックパッカーで世界一周ってかっこいいな。程度のものであった。
小中高と成績は良い方だった。頭が良かったというよりテストはできるタイプだったから。自分にとって80点台は残念で、ほぼ全ての教科で90点台を取れた。そんな自分の一番の苦手科目は英語で、唯一90点台を取れない科目だったのだ。
通っていた高校の偏差値は68とかで、このように表現すると単に自分にとって出来の悪い教科だった程度に思われるかもしれないが、TOEICは350点前後が普通で少し勉強したくらいでは500点を超えられない。大学の英語の授業では、テストをして出来ない順に受講資格が割り当てられるという超基礎的な、そして簡単が故に人気の英語の講義の受講資格を見事得ることができた。それくらい出来ないのだ。
大学の専攻科目の成績はそこそこで、上の下か中の上くらいだったと思う。
社会人になってから今まで、何度も英語学習にトライしたが都度続かなかった。何となく海外。程度のモチベーションでは何がわからないかが分からない自分を律して勉強を続けることができなかった。
社会人になって一部上場企業に勤めたが、勤続7年目くらいで退職した。原因は精神的にだめになったから。家庭環境があまり良くなかったからなのか二十歳過ぎたあたりから精神を病み始め、社会人になり遂に家庭の抑圧から開放されたら生きる道標を見失ってしまったように思う。それまでは自活して家庭と決別することが人生の目標だったからである。
大手を辞め、立ち上げたばかりで社員5人くらいの会社に入った。一社目の大手は私にとってぬるま湯で仕事に充実を得られないことが不全感の原因ではないかと考え、ワーカーホリックな生活をしようと思ったからだ。
200時間残業したり会社の床で寝る生活を2年続けたら30歳を過ぎておりこれを続けていけないと思って退職した。精神疾患の方もまた悪い波が来ていて、何も上手く行かない生活、もう全てに疲れて、誰も知らないところでゆっくり休みたくなり当時のかかりつけ医に相談して精神科に任意入院した。もう自分は二度と表街道で働くことはできないと感じで退院後は馴染客だけを相手にBarで働いたりしていた。
でもやっぱりそこから飲食業で生きる覚悟もできず、何となく再開した前職の先輩に紹介された会社に拾ってもらった。そこは絵に描いたような零細企業でどのような金回りで経営が存続しているのか最後まで不明だった。
でも社長が私を買ってくれて色んな仕事をしているうちに、普通に朝起きて、普通に食事をして、普通に仕事をして、普通に寝るという生活ができるようになり、死への執着が薄れ、一人の人間として生きていくことがあまり怖くなくなった。
それでもその意味不明な零細企業でずっと働いていくことにも充実を見いだせず、辞めて今の国へ来た。
この国は英語圏ではなく、主に現地の言葉で生活しているが日常会話は困りません。とは全く言えないレベルだ。そして英語もできないままである。
そろそろ滞在期限が近づいているが、もう日本で仕事をしたくない。日本のきっちりとした社会に馴染めないとかそういうことではなく、日本にいる限り、仕事だけを頼りにしていたのに、その仕事で満たされなかった劣等感と喪失感が消えることはないからである。
そしてこの国が好きだ。
外国人として私がここに居続けるためには、現地語よりも英語が必要である。
何とかして少しでもレベルを上げないと行けないが、今は英語できないんですけど頑張るので採用してください。みたいなアプライもできないし、何をどうすればいいのだろうと途方に暮れてしまう。
ただ目の前のことを頑張って生きてきた。しかしそれではだめだったのだ。地続きの未来のためにはそれでは足りなかった。これは自己責任だ。
だけれど、20代〜30代前半ををほぼ病気で何とか死なずに生きてきた身としては、そうじゃなかった20代を過ごしてきた人間と比べて明らかに不利だろうという不満がどうしてもある。
でも人生は理不尽なものだし、もっと大変でも生き抜いてきた人もいるし、いつだってこれからの人生で今日が一番若いのだからこれからどうにかするしか無いのは分かっている。
生きることは働くことだと思う。
それは労働対価を得るようなものだけではなくて、社会的なアイデンティティを獲得するという意味だ。
そのコミュニティの中で価値を提供し必要とされる。そこに自身の充足を見出す。
それなくして生きていくことはできない。
30代後半以降も中年じゃ無い人もいるんだなっていう驚き あと、仕事だけを頼りにしていた人はそういう働き方しないので、仕事だけを頼りにしていたは大いなる勘違い 典型的な何者...