2009-12-13

セイテキコウフン

 恋人ができると身体の形がかわるからすぐにわかると、そう友人に言われたのはほんとうだと、最近になってわかるようになった。

 もともとやせていたはずなのにウェストが細くなり、ちょっときつかったはずのレギンスにすこしだけ余裕ができる。ゆびがすこしだけ柔らかくなり、身体の関節がすこしだけやわらくなる。

 いつも三日坊主の、思い出したようなヨガをたくさん思い出すようになったわけではないし、朝に走るのを週1回から週2回に増やしたわけでもないし、食事の量がこれといって減ったわけではないのに。

 それでもベルトの穴はふたつ内側になる。

 やせているやせていると言われつづけて、えっ? わたしそんなにやせてないよ? と締まらないウェストを見て思っていたのだけど、恋人ができたわたしのウェストをみてやはりと思う。やはり、無駄なものがついていたのだねぇ。

 恋人とは電話だけの関係で、毎日のようにきっかりと一時間だけ話す。男性恐怖症のわたしをみて、こわがる必要はないよとやさしくいって、どうしたらこわくないだろう、電話なら大丈夫かなと、わたしのキャリアにすんなりと変えた。

 それからのわたしの午後八時はバイトや見たいテレビがないときの日課になっていて、彼が職場から帰ってきて、食事をして、トイレに行って、コーヒーを入れて、メールをチェックして、緊急性が高い問題が起こってないことを確認してから、それから電話代の心配がいらない時間までがふたりの時間になる。

 だからきっかり一時間

 まるで講義みたいだというと、彼はむかしの恋人の話をし、恋人というのはちょっとでもゆだんしていると5時間でも6時間でも平気で長電話をするので、それぐらいがちょうどいいし、家賃並みの電話代に怯えるのはけっこうつらいものだよという。なにも話をしないで、もうねた? いまなに読んでるの? とかそんな会話しかしていないのに、電話を切ることができなくなってしまうのだという。

 たしかに、午後九時がくるのはわたしにとってあまりうれしいことでないし、できることならずっとつながっていたいのだけど、どのみち無料電話を掛けることができるのは午後九時までだし、どんなにあまいたべものも、ずっと食べ続けていると麻痺してきてしまうものだと、そう思って我慢することにしている。恋人曰く、実際のところ恋愛でいちばんたいせつな時間は、お互いを想って餓える時間なのだとか、ほんとうかどうかは知らないけれど。

 わたしがその餓えを実感したのは、身体の形が変わり始めてからだ。

 ずっとなぜだろうと思っていたのだけど、それがセイテキコウフンのせいだと気付いて、まっかになるのが顔だけでなく、それがくびすじを降りて、両腕を通って指先まで紅くなり、胸や背中を走って、細くなったウエストを下って、ももから足の指先まで、はずかしさに染まる気がした。

 色気づいているのだって誰かに気付かれるのではないかと思うと、恥ずかしくなる。

 はっきりと男性を受け入れるカタチに自分の身体が変わっていくのに愕然とする。

 電話で話す恋人に、男を感じているのだと思うと申し訳なくなる。

 あなたが好きなのはそんなところじゃないのに。

 でも、男であるあなたも好き。

 こんなことになってしまったのは、わたしが彼に興味本位で聞いたからだ。

 男の人って、結局、女の子と寝たいだけなのでしょって。

 彼は困ったようにことばをとぎり、電話の向こうでなにかを悩んでいた。話そうか話すまいか悩んだ末に、前の恋人の話をはじめる。とても正確になにがどうなり、どうなっていくのか、それを正確に話したのは、彼が自分の気持ちをはっきりと伝えたかったからだと思う。彼は伝えたかったのだろうと思う、火遊びをはじめて、お互いがお互いに溺れるようになるとろくな事がないよ、ということを。

 まるで失楽園のような恋愛を、わたしとしたいわけではない、ということを。

 彼はいまでも、前の恋人を溺れさせてしまったことを悔いていて、わたしとまた同じことになるのを極度にこわがっている。だからわたしが男性恐怖症で、電話しかできないことに、思いのほか満足しているようで、それでも、このまま一生電話のままであることも怖がっていて、その両側を振り子のように揺れつづけている。

 それでも、彼の話はわたしにセイテキコウフンがどのようなものかを教えてしまい、ときどき朝目ざめると、ベッドの中でとうとつにそれにおそわれる。

 隣に恋人が寝息を立てていて、わたしがおでこをなでるとねぼけまなこでわたしの背中に腕をまわし、ぎゅうと抱きしめられる。そんな妄想にとらわれて、その激しいセイテキコウフンのあらしに一時間も二時間も土日はおそわれる。

 彼がとてもいとおしくなって、その腕にぎゅうと包み込まれて、彼の胸の中に沈んでいく。わたしも彼の背中に腕をまわして、彼を包み込む。そうやって心臓をどきどきさせて、あらしに吹き荒らされているうちに身体のカタチが変わっていくことに気付く。

 色気づいているんだ、わたし。

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