そういうのが発達してない人には何してもいい、ということにならないか?
自我とか苦痛みたいな主観がどこまで発達してると考えられるか、じゃないかな
そういうのが発達してない人には何してもいい、ということにならないか?
じゃなきゃ幹細胞の研究とかできないんじゃね?
純粋に倫理の問題だけで考えるなら「受精卵であれなんであれ殺しちゃいけない」って結論になるのは自明では。 現実的な問題と倫理とのバランスで、どこに線を引くべきか、という話...
まず、生命倫理学者を皆殺しにするところから議論を始めようや。
議論相手おらんくならん?
好都合