2021-05-09

インターネットにいる「自分エリートだと思い込んでいる底辺」について

一般に進歩的だと見なされる考え(教育、社会保障、人権などの擁護・推進)を支持することで、自身をエリート層に投影している底辺がインターネットにはよくいる。

たとえば、大学入試に古文漢文は不要という意見に対して、教養がどうのこうのと言って反対したがる連中などが、これに該当する。彼らの主張には何の中身も無い。ただ、「こういうことを言っておけば、インテリっぽくてかっこいい」と言うだけである。

これは一種のルサンチマンであり、個々の自称評論家の影響は大したことがないので、かわいそうな人達だと思ってそっとしておけばいよい。

ただ、彼らの意見が政治の舞台に上がると厄介である。古くから指摘されているように、このような「一見すると尤もらしい意見」がまかり通ることこそが、ファシズムの始まりだからだ。与党が何するにしても「軍靴の足音が聞こえる」だの「立憲主義の崩壊」だのと言っている人たちこそがファシストなのである。

  • 科学技術を批判して、自然主義を唱えるなど 中学の公民レベルで知識が止まってるのに、自分は識者だと思い込んでると こういう人間になってしまう

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