2021-05-05

弱者男性差別弱者男性ハラスメントについて

はてブは基本的にキャンプファイヤーのようなもので、薪をくべてはそれの炎の揺らめきを楽しむが、翌朝には忘れてしまう。

弱者男性の話も、まあ一時のものだろうけど、割と醜悪なブコメが並んでいて辟易としたので、他山の石とすべくここに記録しておきたい。

なお、自分は「でも歯は綺麗だ」と死んだ犬を評したキリストの説話がわりと好きであり、原典を知る人が居れば教えてほしい。

弱者男性の話の前に、まず差別とハラスメントから

まず混乱しがちなので、さきに差別とハラスメントとの違いから整理しておく。

差別とは

差別とは、「ある特定の集団や属性に属する個人を、集団や属性を理由に取り扱うこと」である。

ここでは、以下については踏み込まない

  • その集団や属性を同定することができるか(レッテルを正しく張れるか)
  • 優遇するのか冷遇するのか(除外や拒否だけを指すか)
  • それが正当か不当か(合理的か道徳的か社会的に許容されるか)

つまり「女性は話が長いから会議が長引いて困るなー」というのは、「女性」という属性を基に話をしているので、差別になる。

女性を正しく定義できるか、その発言で有利になるか不利になるか、その発言が正当か不当かは問わない。

ハラスメントとは

ハラスメントとは、「嫌がらせ」である。

特に「善意や好意から行ったことでも」不愉快、不快感、実質的な損害を与える行為を指す。

ここでは、この後の部分で混乱しないように、主観(ハラスメントを受ける側)と客観(第三者)との2軸で整理しておく。

  1. 明らかにハラスメント(主観的にNG、客観的にNG)
  2. 明らかに問題ない(主観的にOK、客観的にOK)
  3. 気にしないだけでハラスメント(主観的にOK、客観的にNG)
  4. 気にするだけで問題ない(主観的にNG、客観的にOK)

ここでは、「客観的」とは社会的に許容されるレベルかどうかを指すので、平たく言えば裁判で勝つか負けるかと考えるとわかりやすい。

そして、裁判では個人の感覚については、「現時点のその社会で平均的にどうか」を基にすることが多いので、社会の雰囲気と言って良い。

もちろん、法律や条例に規定されれば、それは社会的にNGとなるので客観的にNGになる。

例えば以下のようになる。

  • 「私は嫌だと言っているのに付きまとってくるストーカー」は、明らかにハラスメント
  • 「私のことを思って、送り迎えをしてくれるパートナー」は、明らかに問題ない
  • 「毎朝あいさつしながらお尻を撫でてくる部長のことは気にしていない」は、気にしないだけでハラスメント
  • 「毎朝みなと同じような挨拶をしてくる部長が不愉快」は、気にするだけで問題ない

ここで重要なのは、「社会的にどうか」というのは、ある程度「その社会で平均的にそれはNG」という雰囲気があるかどうかであり、

その合意形成は、「みんなそれは良くないと思ってたけどナアナアだった」場合や、「それは流石に良いんじゃないのと思われていた」場合などで、その難易度や達成度合いに差がある。

緊急避難的な「本来は良くないけど今はそうするしかない」ものや「最終的なゴールに行きつく過程でこうしたい」みたいなものも含まれる。

そして、「明らかに問題ない」や「気にするだけで問題ない」は、色々な理由で時代によって変わりうる。

例えばセクハラは「気にするだけで問題ない」から「明らかにハラスメント」に、啓蒙、陳情、判例の積み重ねで変化した。

少しだけ脱線して、対策の話

自助、互助、共助、公助と、四つの助け合いの話が社会保障に出てきて叩かれがちなので、良し悪しを置いて軽く触れておく。

例えば、夜道での女子中高生への痴漢被害が増えた時に、対策として以下が挙げられるとする。

  • 自助 自分でやること 夜遅くに出歩かない。夏休みでも露出度の高い服を着ない
  • 互助 住民同士の連帯 中高生の親を主体とした、見回り組での巡回声掛け
  • 共助 民間サービス 警備会社による見回り、通報
  • 公助 公的サービス 警察による取り締まり強化、監視カメラの設置

痴漢の取り締まりや未然に防ぐという意味では、警察の逮捕、補導、巡回強化や、そもそも夜道を暗くしない街路灯の設置が、解決策であったりする。

ただし、「痴漢が出るようだから一人で夜道を歩かないように」という学校からの指導に対して、「それは警察の怠慢だ!それで痴漢が防げるのか!」と嚙みつくのは違う。

お題目は別にして、まず被害を防ぐという点からは、自助が最も「手っ取り早い」からだ。

(自助頼みになる点を問題にすべきであって、自助そのものは非難されるべきではない、という立場)

弱者男性差別の話

ここまでの前フリでわかった人も多いと思うけれども、「弱者男性差別」と「弱者男性ハラスメント」とは、別に整理した方が分かりやすい。

  • 弱者男性という属性で、個人を取り扱うのが、弱者男性差別
  • 弱者男性という立場で、ハラスメントを受けた場合、弱者男性ハラスメント
弱者男性差別とは

弱者男性という属性で、個人を取り扱うのが弱者男性差別である。

この場合、「弱者男性」を定義できなくても、「優遇か冷遇か」わからなくても、「合理的か正当性があるか」不明でも、差別であるところがポイントである。

つまり「弱者男性差別とは具体例がないとわからない」というのは、暗に「その差別が社会的に許容されうるか判断できない」と言っているに過ぎない。

「弱者男性という属性の個人」を「それ以外の属性の個人」と分けて語ったり、分けて取り扱う場合、それはすべて差別である。

少しわかりにくいと思うので、以下に3例を挙げる。

  1. 「入社後に、結婚の意志がありますか?」と女性のみに質問する
  2. 「あなたは仏教徒(ベジタリアン)なので、忘年会の会費は500円プラスになる」
  3. 「あなたは情報工学の修士号を持っているので、わが社に入社しても良い」

1番はわかりやすい女性差別である。

2番は経済的な合理性はあるかもしれないが、差別である。

3番も差別である。ただし、学校歴や経歴による差別(その経歴を持つものだけを特別に取り扱う/持たないものを分けて取り扱う)は社会的に許容されている。

つまり、 「弱者男性は、公的扶助が充実すれば、犯罪に走らなくなる」という物言いは、ストレートな差別発言だ。

それに正当性があるか経済合理性があるか、弱者男性の定義や公的扶助の種類に関わらず、だ。

弱者男性ハラスメントとは

ここまでの流れからわかるように、「弱者男性差別」の話題の要点は、弱者男性ハラスメントの方である。

(「主観的NG&客観的NG=自明」「主観的OK&客観的OK=無し」「主観的OK&客観的NG=許容」「主観的NG&客観的OK=繊細」と略する)

  • 「弱者男性は性犯罪者」は、弱者男性ハラスメント(自明)
  • 「弱者男性は私にやさしくしてくれた」は、弱者男性ハラスメントではない(無し)
  • 「男性だからと性被害窓口で拒否されたが、確かに同室の女性は怖いだろうと思うし諦めた」は、男性ハラスメント(許容)
  • 「自分がコンビニで会計するときだけ、女性店員から店長らしき年配の男性に変わる。馬鹿にされている」は、弱者男性ハラスメントでは無い(繊細)

例えば、以下の3例はいずれにあたるだろうか?

  1. 「男性は女性に比べて優遇されているので、男性であるだけで弱者ではない」と書いてあるものを読んだ。
  2. 「インセルは積極的に高所得の女性が配偶者として選べば自然解消する」とTwitterでの発言を読んだ。
  3. 「弱者男性差別って、結局存在しないんじゃないの?具体例は?」とのはてブコメントにスターが集まっているのを見た。

1番、2番、3番いずれも、主観的にはOKかNGかは不明だが、客観的にはOKになるだろう。

つまり、いずれにも主観的にNGとなり大いに傷つき不快感を持ったとしても、社会的にはこれだけではハラスメントとはならない。

もう一度、弱者男性差別とは

弱者男性という属性で、個人を取り扱うのが弱者男性差別である。

逆に言えば、「個人的な体験をもとに差別されたと感じたとしても、その差別の要因が"弱者男性"でなければ、弱者男性差別にはならない」ということになる。

例えば、「俺は真面目に婚活を頑張ってマッチングアプリで課金もしているのに、まったく女性と付き合えない、惨めだ」という「体験」は、弱者男性差別にはならない。

なぜならば、「それは違う差別だ。それはそれとして問題だけど、弱者男性差別じゃないよね」と言われてしまうからだ。

例えば「マッチングアプリは、男性で年収250万円未満のマッチング優先度を下げるアルゴリズムだった」は、「男性(年収)差別」になる。

大変分かりやすい事例が最近あった。女性の医学部入学試験時の取り扱いだ。

女性と男性とで、医学部の合格点を変えていたという問題があった。これは「体験」の段階では女性差別とは言われない。

「私はとても良い点数を取ったのに、自分より出来ていないはずのあの男性が合格した」と言う「体験」は、容易に「お前が点を取れなかっただけ」と言われてしまうだけだ。

「筆記試験で同点数を取っていても女性は不合格、男性は合格にしていました」と明らかになって初めて「女性差別」が明らかになるからだ。

つまり、個別具体例が挙げられるのは、定義がわりと明確で、客観的に判定ができるものに限られる。

弱者男性差別が、弱者男性の定義があいまいで、客観的に判定が難しければ、弱者男性差別というのは「自分は弱者男性であると自認しており、それ故に差別されたと感じた」としても、単なる「感想」や「体験」にしかならず、わかりやすい弱者男性差別という例示にはならない。

そして、弱者男性ハラスメントは、主観的にNGとなっても、客観的にもNGとならない限り、ハラスメントとは(社会的に)ならない。

その結果、「弱者男性差別の具体例は?」「弱者男性は女性をあてがえと思っているんだろうと思われることが不愉快」「それはあなたの感想ですよね?」というやり取りそのもので消耗したり不愉快になったとしても、それはハラスメントにならないため、単に一方的に消耗するだけになる。

最後に、個別具体例の話

自らを弱者男性と感じる人が、具体的にどのような属性を持つ人が多いのかというのに言及することそのものが、弱者男性差別ではある。

それは「弱者男性」というレッテルで「個人」に言及することになるからだ。その上で、あえて列挙するなら、以下のようになるだろう。

  • 異性愛者であるが、女性と付き合ったことがない(同性愛者であり男性と付き合ったことがない)
  • 結婚ができない・子供がいない
  • 経済的に弱者であると感じる
  • 強者の男性では無いと感じる
  • ある特定の集団に属していないことを責められると感じる

ただ、これも結局のところ、AでないBのような定義をしているだけなので、あまり意味はない。

客観的にわかるところは、現在でも改善されようとしているし、改善されたものもある。

  • 性被害窓口で、男性被害者だけ明らかに対応が異なる。被害者として受け付けてもらえない
  • 寡婦控除と寡夫控除とで、控除額が異なった(「ひとり親控除」として改善された)

まとめにかえて

例えば具体例として、年収が350万円以上であり、既婚者であり、扶養家族がいるような男性が、「弱者男性ってなに?」と無邪気に問うことそのものが、問われた側の主観的にはハラスメントになるかもしれない、という自覚はしなければならないだろうな、と思う。

ルッキズムやメンズリブ等とは明確に異なり、「弱者男性の救済」というのはその言及そのものが傲慢だ。さらに問うとなればなおさらだ。

(特定の属性を持つ男性性の把握ではなく、「弱者」というレッテルを張った上で、それに属するのでは?という問いそのものが侮蔑的だ)

外科や器質的疾患、足の骨が折れた男性や、大腸がんになった女性は、「骨折の定義は?」「大腸がんになって差別された具体例は?」と聞かれることはまずない。

松葉づえをついても買い物ができるように、腹に水がたまったものを抜いて社会生活が送れるようにするのは、患者ではなく医者や行政の仕事だ。

自助や共助、公助への陳情に向けて何かするにしても、せめてヒアリングぐらいは丁寧に行うべきではないかと、自戒を込めて思う。

無自覚に「どうすれば腎臓がんにならなかった、腎臓がんである今をどうすれば解決できると思いますか?」と問うていないか、その問いが相手を追い詰めていないか、気を付けていきたい。

  • でも、女はいっこうに下方婚してないからなあ。

  • せっかく長文書いてくれたんだし読むか、と思ったけどイマイチよくわかんなかった。 差別とハラスメントは対立する概念なのか? 男性だという属性を理由にハラスメントを受けた場合...

    • 弱者男性を自認する人にそれって差別じゃないよねと詰めるのは、差別ならびにハラスメントそのものですよってこと

  • 「大腸がんになって差別された具体例は?」と聞かれることはまずない。 別に聞いても良くね?ていうか自分が病気や怪我で困ってたら何に困ってるか知って欲しいし具体的にどんな...

    • 「お前が人格的にクズだから弱者男性なんかになるんだよ」と侮辱されることはあっても 「お前が人格的にクズだから大腸がんなんかになるんだよ」と侮辱されることはまずないからな ...

    • 大腸がんではないが潰瘍性大腸炎で二度辞めざるを得なかった安倍元首相のことを無責任つって叩いてる奴はいっぱいいたよね

      • まーかなり高い確率で詐病だからな

        • このように差別主義者は難病など外目にわからず自分の想像力の及ばないものならいくらでも差別していいと思っているのです

          • 客観的に見て詐病疑い高い例を指摘して差別扱いするのならまーどーぞ 差別主義者でいいですよ

            • えっ、データや引用もなくあなた一人やあなたのお友達が主張しているに過ぎないことが客観的なんですか?

              • 潰瘍性大腸炎の患者は、体調不良になるくらいの症例であれば、壮年期以降は焼肉には行きません

  • 途中まですごくわかりやすかったのに途中からわからなくなったから後でまた読む

  • 松葉づえをついても買い物ができるように、腹に水がたまったものを抜いて社会生活が送れるようにするのは、患者ではなく医者や行政の仕事だ。 この一文に弱者男性の問題が示されて...

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