「助け合いと言いつつ一方的に助けられるだけの存在をどう扱うのか」 に行きつくんじゃないのやっぱり
助けられる側の人を単体で見るからそう感じるのであって 助けられ側の周囲にいる、そいつに消耗させられてる人まで含めると そういう奴を社会が助けることによって、間接的に社会に...
一方的に助けられる側に生まれていたかもしれないという想像力を持てるかという問題になるから 結局人間がまともな社会を作ろうと思ったら宗教が必要だという話になる
これって結構精神衛生上必要な存在で、生まれつき歩けない縄文人が介護されて15歳まで生きてた骨とか出土している。
歩けないぐらいの奴なら縄文人も救うかもしれない 一生知能がない仲間まで支えられてたらマジ縄文人崇拝する 平成人ですらできてないし
歩けないやつでも夜の見張りに立てて獣がやってきたら大声で知らせるとかそれくらいの役には立ったのかもしれんよな