叱咤激励という言葉があるが、世の中のアドバイスには叱咤ばかりで激励が抜けているものが多い。
叱咤で落としてから、激励で持ち上げるから他人を勇気づけることができるわけで、叱咤するだけでは叱咤する側が気持ちよくなるだけで、叱咤される側に有益な影響力を与えることができない。
むしろ、叱咤しかしない人というのは、叱咤して相手の勇気を挫いて同じ場所に停滞し続けてもらうことで、いつでも好きなときに叱咤して快楽を得られるサンドバッグにしたいだけなのだろうか。
そう考えれば、激励が伴わない叱咤には耳を傾ける価値がないと考えるべきだろう。それは単なる言葉の暴力だ。