どこぞのカエルの面が報道の言葉遣いなるものを主張しているが、意味が分からない。
別にこのカエルの面に限った話じゃなくとも、そういう主張はよく見る。
彼らは「報道」にかつての「権威」が復活するのを願っているのだろうか。
まるで「美しい日本語」なるものが存在すると信じてやまない、新たなカルト集団を目の当たりにしたかのような気分である。
紅茶がおいしい。
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