2010-10-26

春の歌

入籍を予定している。

相手の名前は千帆という。

出会った頃は、ただの千帆。

彼女は11歳年下の21歳だった。

 

ずっと、中途半端な関係を続けていた。

俺が、千帆に対してそういう関係を強いてきた。

千帆も、俺の気持ちを察してだろう、静かに寄り添うように、ただそこに居ることを選んだ。

そして、素知らぬ顔で時間だけが過ぎていった。

 

笑顔を交わし、体を重ね、何気ない日々を過ごすうちに、

情だけが、雪のように降り積もっていった。

恋とか愛とか、そういうものよりも先に、俺たちの間には、しんしんと、情だけが。

二人で笑いながら過ごす一見暖かな毎日は、だから、本当は、冬だった。

 

他人には決して理解できない、いろいろなことがあった。

不揃いな色を集めただけのような、あるいは思いつきで音を並べただけのような、

そんな混沌として、統一感のない、つぎはぎだらけの毎日だった。

だけど今、振り返ってみると、一枚の絵のように、一つの曲のように、感じられる。

 

春が近づいて柔らかくなった雪の間から、夏に憧れた植物の芽が顔を出すように、

降り積もった情をかきわけ、愛を目がけて恋が芽生える、そういうことがあっても良いはずだ。

そんな関係も決して間違いではないと思うし、俺と千帆は、そういう二人なのだ。

冬が終わり、春が来て、そして、千帆の左手薬指には小さな蕾みがなっている。

 

春は歌う。

冬を恨まず、夏を妬まず。

春が歌う。

冬を慰め、夏を想い。

 

入籍を予定している。

相手の名前は千帆という。

二年半前にただの千帆だった彼女は、

24歳になった今、かけがえのない千帆になっている。

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