好きだった子がいた。そりゃ本当に好きで堪らなかった。なんで好きになったんだろうとか在り来たりの後悔もしたし、仕事もまともに出来ないくらい頭から離れなくて仕方がなかった。そして当たり前だけど、俺はバカだから身の程も弁えずに告白する。半年くらい前に一度と、二ヶ月くらい前に一度。面倒臭い男だ。一度振られても諦められなかった。
二回告白して二回とも振られたので、流石に脈は無いし諦めよう。もう忘れよう……とか思ったって無駄だし、でもまあ迷惑掛けないように普通に接していよう。好きだけど、もう付き合いたいとかそういう気持ちを持つのは止めよう。相手にも失礼だし、と俺は自分を何とか納得させて日々を過ごしてた。最近はとても精神状態が安定してきて、恋なんてしばらくいいけど、毎日を楽しく生きようなんて珍しくポジティブな感覚を得ていた。
でも、もう二回目の告白をしてからしばらく経つのだけど、最近急に彼女の態度が冷たくなった。そりゃもう明白なくらい冷たくなった。なんで? ドライアイスなんて目じゃないよ! 絶対零度、俺は凍えた。
ぶっちゃけ死んだ。
そもそも、まともに会話をしてくれない、目を合わせてもくれない。もし会話のやり取りがあったとしても、俺が言ったことは全否定。それも分かりやすいくらいに分かりやすい攻撃、恐ろしい子……なんて俺は思ったのだった。「あなたの隣には座りたくないです」なんて言われた時は時間が止まったね! ひょう! 俺はでもそうやってショックを受けてる俺自身が笑えたりもした。
それにしても――なんでこんな態度取られてるんだろう? と勘ぐって、でもすぐに分かったのだった。情報元は聞いた話だから当たりではないかも知れないけど――どうやらおかしな噂が彼女の耳に入ったようだ。
『俺がけっこうアプローチしてダメだったから、押して駄目なら引いてみなの精神で今は引きの状態』を取っている、と誤解されてる。そういう噂が流れているようだ。いやーん、そんなの意味不明過ぎるよ。そもそも、二回振られてるんだぜ? そりゃ世の中には何回振られたって諦めない男はいるかも知れないけど、そこまで愚かっていうか厚顔無恥じゃないっつーの。そりゃまだ好きだけど! 諦めてるっつーの! それに恋愛スタンスの具体的なとこなんか他人に話さないっつーの! でも、なによりショックだったのが、俺がそんな風な軽薄な男だったって思われていたことで、俺は少なくはない彼女との会話で、僅かでも彼女の性格を理解していると思った(彼女が駆け引きなんて嫌いだってのも分かっている)のに、彼女は俺のことを全く理解していなかった。それがなによりも辛かった。それくらい俺になんて興味はなかったってことだろう。
それから付け加えると、これは仕事先の話だから、いわゆる社内恋愛というやつで、そういったおかしな噂はすぐに流れるし俺は長く働いているから噂の怖さなんて知ってる。
よく存じ上げております。
俺が彼女のことを好きだって話は、どうせ誰かにしたら2~3日したら広まる。風評被害が怖いから誰にも相談なんて出来ないし、だからこそしなかった。俺は誰にも彼女が好きだってことは伏せていた。なのに……どうしてか知らないけど俺が彼女のことを好きだって話が出回ってる。恐ろしい職場マジック、俺は確かに彼女には他の人間とは違う態度を取っていたかも知れない、だけど断定されて情報が知らないとこでこうも簡単に広まってるのも恐ろしかったし、しかもなんだ……俺が押したり引いたりの駆け引きを楽しんでるなんて眉唾が一人闊歩している。なんとも馬鹿馬鹿しい話になってる。
俺は他人に勝手な評価をされるのが嫌だ。俺が言っていないことを言っているように広められるのが嫌だ。こんな風な精神状態から抜け出したい。誰か助けてくれ。となっても、誰も助けてなんてくれない。自分で自分を救うしかないのだ。
そして色々と誤解を解く方法を考えたが、どれも実行に移せない。直截話をするのが一番簡単だが、じゃあそんな話を誰から聞いたのか? なんてなってしまうし、なにより客観的に考えたら、こんな問題なんてどうでも良すぎて悲しくなってくる。どうでもいいことで悩んでいる俺が悲しくて泣きたくなってくる。
もしも本当に直截彼女に「俺はそんなことは言ってない」と告げたところで、一度信用を失った人間の言葉は全て言い訳にしか聞こえない。信じるってことと疑うってことがこんなに近くに存在しているなんて俺は知らなかった。信じることは疑うことと同意義なんじゃないか? 信じるということは疑うことを信じることとも言い切れるのだから。疑うことは信じるということを疑うことになるのだから。だから俺は彼女と会っても、きっと何も言えない。
状況が酷くなった今だから、またふと思い至ってしまう事実があったのだけど、俺はこんなに彼女に嫌われているのにこんなことで悩んでいる。諦めているのであればもう話すらしなくても良いのに、でも誤解を解きたいと思っているということは、俺はまだどうしようもなく彼女を嫌いになれないということなんだろう。
とっくに終わってたと感じていても、終わってなかったんだなー、こんなどうしようもない状況に陥っても人間的に彼女を嫌いになれないんだから。