2010-07-27

猫を撫でる

僕はとても猫が好きだ。

猫を見かければまず例外なく気を引こうとする。

でもそれとは反対に、猫は僕が近づくと必ず逃げてしまう。

いつかきっと猫を飼って。いや別に飼わなくてもいいのだけれど、あのやわらかい身体に思う存分触れてみたい。

そう思って過ごしている。




こんな夢を見た。

長い夢だったので最初の方はあまりよく覚えていない。

僕はどこかペットショップのような場所にいる。

とはいっても普通の店ではなくて、なぜか半屋外で、低い柵で囲った中に猫が

(たぶん猫だったと思う、少しフェレットみたいに痩せて細長かった気はするが)たくさんいた。

簡単にそこから出られるはずなのに、猫たちはおとなしくその柵の内側を駆け回っている。

僕はチャンスだと思った。

この猫たちならきっと触らせてくれる。

そう思って手を伸ばしたが、近くにいた猫はさっと避けてしまった。

僕は悲しくなった。

さっきまでのはずんだ気持ちは急激にしぼんでいった。

こんなところでも僕は猫に嫌われるのか。

しばらくそこに突っ立って、何をするでもなくただ猫たちを眺めていた。


すると、真っ黒な猫を抱えた男性がやってきた。

店主だろうか、そう思っていると、男性は腕に抱いたその猫を僕に差し出した。

僕は、ああ、この猫もまた逃げてしまうんだろうな、と思ったが、無意識に腕を伸ばして受け取ろうとしていた。

その猫はするりと僕の腕に収まった。

暴れない。

逃げようともせず、むしろ僕に身体を摺り寄せてくる。

僕は感動のあまり動けなかった。

猫が耳元でにゃお、と鳴いたのを聞いて、我に返った。


なぜ僕に猫を渡してくれたのだろう。

わからない。わからないけど、初めて猫に触れられたのが嬉しくてそんなことはどうでもよかった。

猫を膝の上に置いて撫でたり、一緒に走ったり、猫の好きな玩具で遊んだ。

頬ずりして、猫が軽く僕の顔を引っ掻いて、舐めて。

僕がにゃーご、と鳴く真似をすれば、猫もなーご、と返してくれた。

幸せだった。

夢のようなひと時だった。

ずっとこうしていたいと思った。


でも猫を返さなければいけなかった。

猫は僕のものになったわけではないのだ。

名残を惜しみつつ、できるだけゆっくりと歩いて店の場所へ戻った。

腕の中のふわふわした存在をもっと確かめたかった。


そこへ戻ると、さっきの店主らしき男性が、なんだか疲れたような、憐れむような目で僕を見た。

もう一人誰かいる。

その人が手を伸ばしたので、仕方なく僕は猫を渡す。

猫はまん丸い大きな目で僕を見上げた。


店主に向き直ると、彼は僕の手にスプレー状の何かを吹き付けた。

なんだ?

なにかとてつもなく胸騒ぎがした。


ベンチの上に寝かされた猫が僕を見上げてくる。


猫を撫でなければいけない。


心拍数があがる。

この手で猫を撫でなければいけない。

なぜ?


猫の上15センチで僕の手が止まる。


 触るのが怖くなっちゃったのか。


店主がひどく憐れんだ顔をして僕を見る。

僕は相当怯えたひどい顔をしていたらしい。


猫を撫でればいい。

かわいい猫を思う存分撫でられる。


誰も何も言わない。

みんなわかっている。

なぜかわかる。


僕が触ればこの猫は死んでしまう。


にゃぁご。

猫が目を閉じる。


甘えた声で猫が鳴く。

撫でてほしいのか。


撫でたくない。

だけど僕がやらなきゃだめだ。


ごめん、ごめんね


泣きながら僕は猫を撫でた。


にゃあ。


「ありがとう」


そう言うのがやっとだった。


これほど心を込めてありがとうと言ったのは初めてだ。


「ありがとう」


泣きながら目を覚ました。

猫の手触りと体温がまだこの手に残っている。




意味の分からない夢だった。

冷静になって考えてみれば、現実離れした夢だ。

だけど感覚だけは妙にリアルだった。

手に吹き付けたあれはきっと薬殺用の薬だったのだと思う。

なんで猫が殺されなければならなかったのかはわからない。


きっと、僕が触ったから。

僕が触れたいと思ったから。


人間勝手な都合で。


言うならば僕の一方的な思いが猫を殺したのだ。


僕は猫の首を絞めたわけでもない

刃物で切り付けたわけでもない


撫でただけだ。

だけどそれで猫は死んだ。


夢の中とはいえ、

僕がこの手で、

猫を殺した事実に変わりはない。




目を閉じると、今も

猫の柔らかさと、猫を失った悲しみを思い出す。


帰り際、道路を横切る猫を見ても、

今はただ遠くから眺めるだけだ。

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