「昔はその部屋から、太陽が昇るのを数えていたね」
「もう数えるのはやめたんだ」
「いくつまで数えていたんだね」
「千までは覚えているよ」
「偉いね、千まで数えたんだ。それなのにやめてしまった?」
「うん、最近ひどく眠くて」
「それでも街を眺めるのは、忙しそうに歩く人達が羨ましい?」
「何もわからないよ、考えたくないんだ」
「利口だよ。そうやって逃避すれば焦燥に駆られることもない」
「その、ひどく眠いんだ。もう行ってほしい」
「行ってほしい? どこへ?」
「知らないよ。君は誰?」
「君はスタートするべきだと、思っているんじゃないのかい?」
「わからないけど、ぼくはこれでいいんだ」
「君は不幸でもある。君と引換に自由を失った両親ですら、君を急かさないんだ」
「両親は……」
「両親がいけなかった!? そうだよねぇ君を育てたのも両親だもの」
「そうじゃない」
「だから、君がお手をしなくてもご飯をくれるんだね」
「両親が悪いなんて」
「そうじゃないんだ? じゃあ君がいけなかった?」
「……ぼくはこれでいいんだ、どうせ」
「そう! そうやって自分を出来ないヤツに置けば正当化される! 賢い子だ! 犬に銀行マンは出来ない!!」
「眠らなきゃいけないんだ。ママに叱られるよ」
「叱られないよ。君は知ってるはずだ」
「それでも、眠いんだ」
「それは良い! 妄想にも自慰にも飽きたら夢を見るのが良い!」
「おやすみなさい」
「それで、夢の中の君は?」
「学校にいるよ」
「十年も昔だ! 学生! 希望も! 時間だってある! あれ、でもおかしいな、君の夢は真っ暗だね」
「それは」
「そう、また机に突っ伏しているんだ。もっと、もっと、昔が良かったかな?」
「関係ないよ、ぼくは眠っているんだ」
「そうかこの頃か! この頃からもうずっと、眠っている格好をすれば、逃げられると思ってたんだ? 学んだんだ? 偉いなぁ」
「……」
「──あれ? でも必死に耳を傾けてる? 気になるんだ!! 仲間に入れて欲しいんだ!!」
「じゃあほら、顔を上げてごらんよ」
「これは夢なんだ。君の思うようにうまくいくんだ」
「ほら、女の子がこっちを見てるよ。いいなぁ、君を見て笑ってるよ。君とおしゃべりしたいのかな?」
「あれぇ、でもここまでみたいだ。残念だなぁ。時間なんだ」
「眼を覚ませば、君はまた腐った畳の上で腹をだしてるんだ」
「そして、なぜだか涙が出てる」
「少しはスタートする気も起こるのかな?」
「飽きたら机に突っ伏すようにまた眠るんだ! 毛布にくるまると尚良いぞ! いいなぁ! 羨ましいなあ!」