何年も失敗し続けた科学者の率いるチームより、
という選択肢は考えないのかな?
既存の科学者ヒエラルキーが、市場原理みたいに、科学的にも正しいとは言えないでしょ。科学の歴史とは、まさにその打倒の連続だったわけだし。科学は多数決ではないとも言う。
短い一定期間集中投下して成果が見られなかったら、直ちに解散も悪い事じゃない。参加してた科学者を別で抱える社会構造があれば(海外流出防止)。それは、プロジェクトの無理な維持によってのみ守られるものではない。無駄にマイナーチェンジをして続けるより、飛躍のための休止も悪いことではない。
科学には二つの歩みがある。特に金はかからない理論面の進歩と、その理論がある程度埋まった後の、実践としてのプロジェクト。基礎研究と応用科学と言い換えてもいいか。金のかかるプロジェクトは、ある程度の勝算を持ってから始めても遅くはない。直接科学界の話での例えはちょっとすぐに思い出せないけど、…例えば新幹線。あれは新しい挑戦は何もしない!と言い切って始められ、それであっても世界一は実現できる。
そういうもの。
何か新しい発見があり、早い者勝ちのスピードレースが始まったとき、もしくは基礎研究の終了によって不確定要素が消え高い勝算が見込めるときに、集中投下できる原資が残っていなかったり、大衆からの信頼が失墜していては、もともこもない。
その勝算を判断する人がいない。 いままでは、文系の官僚や政治家だった。判断できるわけがない。 理系の完了になった?現場経験ないので・・・なぁ。 この世のプロジェクトの成功...
科学者の横のつながりが強く求められてくるんじゃないかな。 それなりに評価されている科学者が、組織を超えて何人か集まり、それなりに立場を賭けて、大衆にも分かり易い要望が...
工学(産業)では割と、こないだ仕分けで縮減対象になったNEDOや産総研がそれに近い仕組みを上手くやっている方だと思うんだけど。 基礎科学に関してはもっとこのレベルからの目線...