ネットを外部から総括する人間は、なんでネットユーザーを一枚岩の性悪説で一刀両断したがるのだろう。
ネット-非ネットの関係に限らず、自分の所属しない文化に直面すると、どうしても悪い面・不快な面のみがクローズアップされるらしい。
ちょっと前まで2chやってる人間は、全員ネット右翼で、自分以外の集団は叩き潰そうとする匿名の無責任なクズたちの集まりだ、という(特に年輩の)意見が多かった。いまでもそう思ってる人も多いと思う。
私は案外、ネット匿名性善説の立場であり、どこかでなにか盛り上がっていれば、必ずそのアンチが出現する。意外とバランスがとれているものだ。ひろゆきが辞める辺りまでの2chの運営は、ほぼ放し飼い状態であったのに、10年近く秩序は保たれ、暗黙のルール・規範が生まれ、使用者ひとりひとりが自分なりの倫理観を持って書き込み等を行っている。
これは凄いことではないか?ホッブズの「万人の万人に対する闘争→リヴァイアサン」という図式通りには行かなかった。もともと「日本的価値観」を有する者同士がユーザーだから極度の無秩序にならないのは当然なのだが、それに加えて「(日本)ネット上の暗黙の価値観」が時とともに醸成されてきたことは、ディープなネットユーザーほど感じることだと思う。
当たり前のことだが、自分の感じていることは他の多くの人もそう感じている。自分にとって不快な現象は、不快な対象において、その全面を覆っている気がするが、それは多分錯覚だ。国保?朝青龍?ネット上には擁護者が無数にいるし、そもそもそんな問題に興味のない人間も無数にいる。反対者の存在だけに目が行って「自分以外の人間はみんなクズだ」と思うのは、傲慢や偏見というより、単なる無知なのかもしれない。
ひろゆきが辞める辺りまでの2chの運営は、ほぼ放し飼い状態であったのに、10年近く秩序は保たれ、暗黙のルール・規範が生まれ、使用者ひとりひとりが自分なりの倫理観を持って書き...