2009-07-15

友人が大学を辞めた

久しぶりに友人数人で会ったときに、そうみんなに伝えたらしい。

私には言い出しにくかったらしい。

その理由はよくわからなかった。

こっそり教えてくれた共通の友人は、私が比較的その友人とよく遊んだりしていたからじゃないのかな、と言っていた。大学進学することによって、さらに近い距離になったのに、それがまたもとの少し遠い距離になる。頻繁に会う距離ではない。

ここからはすべて私の適当な話。

友人が大学に在学していることの意義を見出せなくなった理由はわからないけれど、なんだかんだでどっぷりと大学生活に浸かってきた私はきっと友人に対して、よっぽどの理由でなければそのまま様子を見たほうがよいと100%言うであろう。自分が通ってきた道だ、周囲を見渡してもそう。大学4年間という人生で1番自由なモラトリアム期間を自分のために使うという価値観に染まっている。そういう私らみたいな人間には、途中で降りる人間決断想像しようと思っても、きっと上手くできやしない。

別にレールを敷かれっぱなしでいろとかそういうわけではないけれど、レールを転換する時期をそんなに早く決めなくてもいいのでは?という気持ちなのだ。その時々で訪れる転換期でいいのでは?と。

そう、大学というのはモラトリアム延長であると同時に、ある意味保険のようでもある。

せっかく行けたのならば大学専門学校は行っておいたほうが良い。たとえ授業はちょっと不真面目だったとしても。(ここでは高卒就職高卒でまた別。実業系とかは就職に力入れてたりするようだし)

他にどうしてもやりたいことがあって、それを成し遂げるために時間もったいないということだったら、きっとものすごく納得するんだろうけれど。

なんにせよ、そういう話を聞いたときに、自分の考えがなんて一義的なんだろうと感じた。1つの側面でしかものを見ていなかったんだ。そりゃそうだ、人は自分の歩んできた道が1番だと思っているから。

今度会う機会があったとき、もしかしたら理由を話してくれるかもしれないし、そういう機会にもなかなか恵まれないかもしれない。なんにせよ、人生責任を負うのは自分だ。外野人間がつべこべ言うことではない。

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