2009-06-12

通院日記

2週間ぶりに精神科に行った。

今住んでいる田舎には近くにそういう診療所も無く、片道2時間近くと1500円を払って乗り物に酔いそうになりながらはるばると市街地病院に向かう。

いつもは予約が不要なほどにガラガラの個人病院だが、今日は人が数人いるらしく数十分待つことになった。

待っている間、待合に院長の大きなだみ声と患者ぼそぼそとした話声が筒抜けに聞こえてくる。

病院にも当たり外れがあるのだという話を思い出す。会話からなんとなく感じた、この人は精神科医になりたくてなったわけではないという感触は、あながち嘘でもないのだろう。

置いてあったビジネス誌に目を向ける。最初のページに岩田聡池田梅田望夫の対談があった。

文語体ではなく言語体で書いてあるにも関わらず、最近リテラシーが低くて情報が頭に入ってこない。内容は全く覚えていない。

とりあえず、彼らみたいに大会社を主導する能力も無ければ、今ついている職業はおろか前職もない自分にはこの話は無縁なのだろうと一通り読んだ所でそれ以上読むのを中断した。

 

診察を受ける。「この2週間どんな調子でしたか?」そう聞かれた。

なんてことはない、昼は布団にくるまり、深夜には眠れないから布団から出てパソコン増田の人気エントリを見ながら夜を更かす、

2週間前と変わらない厭になるくらい退屈ないつも通りの生活、特に話すことなどない、そう思いながらいくつもの質問に答えていくと

いつもは15~20分は話してると思っていたが今日はもう終わりと5分ほどで一方的に会話を打ち切られてしまった。

呆気なさについ呼び止めてしまったが、何も話すことがなくいいえとごまかすしかなかった。

結局、無料処方箋をもらい、2週間前と変わらない薬を買い、市街地に出たからといって何をするわけでもなく、また2時間近くをかけて帰路につく。

また何も変わらない2週間が始まりを告げた、そう思うと若干憂鬱になってくる。

 

自殺願望がある、と医師には告げてみた。

理由は何もすることがないから・・・

凡人の両親の元に生まれた自分はどこで何を間違ったか凡人以下に出来上がった。

何かの実利のあることのやり方は知らないけれど、自分が何も出来ないことだけはよーく知ってる。

能力を発揮できる場面があるわけでなく、何か趣味があるわけでもない。自分の生がひどく退屈で、無意味に感じる。だから死んだほうがいい。

そういうことを親に言ってみると、ひどく悲しそうに返事をされる。当然よね。

この厭世観は鬱病によるものなのだろうか。病気が原因じゃなかったら、尚更自分の生きる意味がなくなる気がする。

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