2009-02-13

人間の生活とは何だろう

ホームレスが道の端に寝ているのはよくあることだが

今日地下鉄某駅の地下通路を移動中見た光景には驚いた。

通路中央に並ぶ大きな柱と柱の間に、つまり通路の真ん中に、

まるでそれが決まりであるかのようにホームレスが並んで寝ていたのだ。


大抵は顔を下に向けているのだが、仰向けで寝ている人が一人だけ居た。

その表情が目に入り、私はぎょっとした。

直感的に、亡くなっているのではないか、と思った。あまりにも寝顔というには安らかな表情をしていたのだ。

祖母の、最期の表情に似ていた。

仕事中であったので、さすがに確かめることはできなかった。


仕事場である都内でも、自宅のある千葉でも、

ホームレス浮浪者・・・呼び方はいろいろだが、そういう人たちをを目にしない日はない。

彼らにも2種類居る。

何かしらでたまにでも収入を得、ある程度人間の暮らしをしているような人。

目はうつろで力がなくほぼ動かず、人間としての活動をやめてしまっているような人。


前者はしょっちゅうテレビなどで取り上げられている。

色々な意見があるだろうが、私としては、本人がよいならそれでよいと思う。

でも、後者は・・・正直、理解できないというより、同じ人間だと思えない。

ただ生きるために何かを食べ、排泄をし、あとは動かない。

それが人間といえるんだろうか。

しかし生物としての本能はあるということで、(性欲はわからないが)動物としては成立しているのか?どうなんだろう・・・

私の思う人間らしい暮らしというのが押し付けなのだろうか。

だとすればもう少し目に光があってもいいよなあ・・・

人間である以上、何かを考えているのではないかと思うのだが、

話しかける勇気は私にはないし、おそらくまともな返答は返ってこない気がする。


どうしてそうなってしまうのだろう。

ホームレスに、という意味でなく、人間としての営みを失ってしまうという意味で。

彼らだって、私と同じように母から生まれ、育ち、

大半は昔普通の暮らしをしていた人たちではないのだろうか。

私も何かのきっかけで、ああいう道を進んでいくことがあるのだろうか。


まぁ、要するに何っていうのはないんだけれど

もうすぐ春だというのに、やけに暗い気持ちになってしまった。

  • そういう考え方が出来るのは幸せなんだと思う。 俺なんかいつ転がり落ちるか分からないもの。 何か事件があれば同じような芽が自分の中に あることを感じてビクっとしてしまうし...

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